「最高のものを手に入れる方法。(5月12日)」
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『人生とは、よくできている。
最高のもの以外を、受け取らないようにすると、最高のものが、向こうから飛び込んでくる。』
これは作家で、人生の達人でもあった
サマセット・モームの言葉である。
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人生の達人は、何を言いたいのだろうか。
なぜ、最高のものしか受け取らないようにすると、最高のものが『自らの意思で、あなたを選んだ』かのように、手にすることができるのか。
私には、次の3つ事が思い浮かぶ。
①気持ちの持ちよう
②基準の明確化
③ 本物を見分けられる目が育つ。
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①気持ちの持ちよう
ソニーの国際化を牽引した盛田昭夫氏は、1950年代後半、まだ小さな町工場だった東京通信工業(現ソニー)が自社開発したトランジスタラジオを携え渡米した際、周囲の反対を押し切り、ニューヨークの一流ホテル(ウォルドーフ=アストリアなど)の安くて狭い角部屋を選んだという。
これは、一流の場所で商談相手に実力を認めさせる、ブランド構築の戦略であった。
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一流ホテルは、外見の立派さやハードウェアはもちろん、ゲストへのホスピタリティーは、たとえ最低ランクの角部屋であっても分け隔てなく行われる。
サービスとは、たった一つの良くない印象が、最高クラスで行われた他のサービスを駆逐することを全てのスタッフが理解している。
それこそが一流の、最高たる評判を保ち続けているのである。
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②基準の明確化:
廉価なものをたくさん持つよりも、最高級品を一つふたつ持つ方が、その時にはお高い買い物であっても、後悔せずに済む。
ここで、妥協して中途半端な物を手元におくと、それに飽きて他のものがよく見えてくる。そして後釜を手に入れると、前までは良いと持っていたものが途端に見劣りして見え、やがては、その辺りに乱雑に積まれ埃を被ることになる。
最高のものは、見飽きることもなく、使い込むうち、さらに愛着が沸いて修理しながら長く愛好できる。常に手元において、塵がつく暇などないのである。
結果、他のものに手を出すこともない。
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③本物を見分けられる目が育つ。
目が肥え、偽物や贋作を掴ませれない。
《〇〇探偵団》というTVコンテンツを観ていると、偽物や贋作に大枚をはたき、視聴者に笑いを提供し、家族からは白い目を向けられるにも関わらず、その痛い経験に懲りることなく、さらに偽物コレクションを増やす収集家をよく目にする。
彼らに共通するのは、『今回は失敗したが、次には前の失敗を取り返す。』さらに『次回は、前に損した分を帳消しにして、さらに儲けよう。』と欲得に目が眩み、さらに失敗を積み上げていることである。
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そういった人に限って、鑑定士が『自分の思い込みで選ぶのではなく、博物館や本物を収蔵する選ぶ眼のある先達に学ぶ』よう、口を酸っぱくして忠告するのだが、まったく聞く耳を持たない。
たまたま"ビギナーズラック"で引き当てた自分の目や古い知識を、ただ古いだけの骨董品の列に加え並べて、後生大事に磨いている。

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真作(本物)は、文字や絵画であれば、作者の芸術的確信に裏打ちされた力強い「留め・払い」や筆跡(ストローク)に意志を感じ、模倣された偽物は、整ってはいるが思い切りのなさと独自の表現への決別が線に表れる。
自信の有無が作品の細部まで影響し、技術的模倣だけでは達し得ない精神的な深みが、真作にはあるように思う。(🐈MIYABI談)
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『類は友を呼ぶ。』という言葉。
これらの事が教えるのは、最高のものが分かってこそ、そこに価値を見出せる。
そして、その良さを味わい、その時の自分の身の丈にあった最高を手にする事で、本物とは何か、最高とはどんなものなのかを知る事で、自分自身を高め、さらに良いものが見分けられる。
また、その事が周囲からの評価をも高め、最高と巡り会えるチャンスとなる。
そういった『最高』への良い流れに乗る事ができて、その結果、自然と最高のものが手に入り、つまらないものから距離が置けるのである。
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ここでは、物にターゲットを絞ったお話をしたが、物を人に置き換えても何ら違和感がないところが、ますますサマセット・モームを人生の達人たらしめているように私には思える。
どうでも良い物に溢れるよりも、最高の物と素敵なお友だちに囲まれた人生を歩もうではないか。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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