「モーツァルトの『春への憧れ』に寄せて。(4月3日)」
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1.春への憧れ
モーツァルトの作品目録によると、この『春への憧れ(Sehnsucht nach dem Frühling )Kv.596』が作曲されたのは、1791年1月頃。
この『春への憧れ』を含む『3つのドイツ語歌曲(KV 596, 597, 598)』は、ウィーンの出版者イグナーツ・アルベルティが企画した『子供と子供の友のための歌集』(Liedersammlung für Kinder und Kinderfreunde am Clavier)という比較的余裕のある家庭向きの雑誌、その付録に付けられた歌本の第1巻「春の歌(Frühlingslieder)」に収録するために作曲された。
3曲とも、それまでの予約演奏会での『華』として、オペラ歌手などのプロの演奏家が歌う華やかな作風ではなく、家庭での音楽のふれあいで、子どもでも歌えるように、技巧を披露するような狙いは一切なく、曲が一番二番と進んでも、民謡のように歌詞に同じメロディーがあてられるという素朴で親しみやすい作品である。
この曲は、クリスティアン・アドルフ・オーヴァーベック(Christian Adolph Overbeck)の詩に基づいており、「大好きな5月よ、早く来て木々を緑にしておくれ」と、子供が春の訪れを待ちわびる純真な気持ちが歌われている。
モーツァルトの死の年、1791年という最晩年の作品だが、悲壮感はなく、春を待ちわびる明るく透明感のある詩情に満ちている。

以下、楽譜は国際楽譜ライブラリープロジェクト(International Music Score Library Project、IMSLP)様より借用。)
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2.最晩年のモーツァルト
モーツァルトはウィーン時代、パトロンの貴族たち、経済的成功を収め、台頭してきていた裕福な市民を対象に、自身で企画・主催する「予約演奏会」(アカデミー)を活動の柱としている。
しかし、1780年代後半あたりからは、彼の人気に陰りが見え始め、深刻な経済的窮地に立たされていた。
起死回生を図ろうと、1788年には3つの交響曲(第39番、第40番、第41番「ジュピター」)を完成させ、予約演奏会を計画した。
だが予約者名簿に名を連ねたのは、たったの1人。モーツァルトにJ.S.バッハやヘンデルの作品を紹介するなど、彼の音楽的理解者として重要な存在であり、終生に渡り物心共に援助を続けたウィーン宮廷図書館長のゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵だけといった絶望的な状況で、演奏会はついには中止に追い込まれ、それ以降の再開もなかった。
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もはや、演奏会や出版による収入は期待できず、モーツァルトは金銭的な窮地に追い込まれる。この時期、モーツァルトはスヴィーテン男爵を含む知人へ多額の借金を申し込む手紙を残しており、経済的な状況が絶望的であったことがうかがえる。
これより遡ることウィーンに移住を果たしたモーツァルトは、前出のスヴィーテン男爵からJ.S.バッハなどの楽譜などを受け取り、自身の作品に、対位法的な手法やフーガを積極的に取り入れ始めたのだった。
しかし、その事が当時の音楽愛好家たちに愛された「分かりやすい曲」よりも、当時の人々が「少し難しい」「重たい」と感じたかもしれない音楽的実験や、その頃の聴衆の耳には、理解し難い作品群、例えば交響曲第40番、第41番などが、後世の私たちには「モーツァルトの真の芸術的到達点」として深く愛されているという皮肉である。
つまり、「天才が晩年に真に求めた高い技術と深い内面性」が、時を経て現代になってようやく最も深いレベルで受容されているという事実は、当時の評価が必ずしも音楽の質そのものではなかったことを物語る、歴史的な逆説と言えるのではあるまいか。


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3.春への憧れと最後のピアノ協奏曲
そんな金銭面でも健康面でも、何一つ上手くいかなくなっていたモーツァルトは、生活費を稼ぐため、また多額の借金を返すため、自身の創造性を存分に発揮できる大作(オペラ『魔笛』や『皇帝ティトスの慈悲』)と並行して、安価で依頼されたダンス音楽(ドイツ舞曲など)や、初心者向けの作品など、本来なら選ばなかったであろう仕事も断らずにこなした。
その一つが、この家庭向け出版物への寄稿『春への憧れ』を含む3つの歌曲。
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また、この『春への憧れKv.596』は、モーツァルトの最後のピアノ協奏曲となったピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 Kv.595の第3楽章の主題を転用したものである。
転用元のピアノ協奏曲第27番変ロ長調Kv.595も、それまでのモーツァルトのピアノ協奏曲で使われていたティンパニやトランペットが外され、その上、メロディーにもほとんど装飾音が付けられておらず、一切の飾りが省かれた玄人好みの渋い味わいの音楽である。
厳しい冬の時代にあって、もはや手の届かない遠い春を静かに想うような、まさに「諦念」や「達観」を感じさせる。
私には、シューベルトの連作歌曲集『冬の旅』D.991 Op.89の第24曲。終曲『ライアー弾き(辻音楽師)』の歌う、この世との永遠の決別の歌。空白が多く、空虚感を醸し出す響きとの共通点を感じるのだが。いかが思われますか?
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この年(1791年)の12月には、旅まわり一座の座長シカネーダーからの嘱託されたドイツ語の歌芝居("Singspiel"、ジングシュピール)『魔笛Kv.620』を完成。ウィーン郊外の大衆芸場で好評を得て、再演を重ねて経済的には小康となる。
しかし、すでにモーツァルト自身には残された時間はなく、未完の『レクイエム(Requiem)Kv.626』を残して、この世を去るのである。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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