「猫さんがいなくなった時には。(12月23日)」
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今日は12月23日。年末まで、あと7日と1日に満たない時間を残すのみとなった。
今年(2025年)の官公庁のお仕事納めが今週金曜日の12月26日だから、そこまでは日数にして今日を含めて4日。
あ、その前にクリスマスの前夜、クリスマス・イヴも向かう先にたたずんでいる。
気忙しさから逃れようにも、社会との関わりを切るわけにはいかないし、まあ、これは私が良くないのだけれど、あの新型肺炎(コロナ禍)のパンデミックの影響で、スケジュールが隙間だらけで途方に暮れた記憶が鮮明過ぎて、それ以降はお仕事を多めに取る癖がついてしまい、日々、汲々(きゅうきゅう)と過ごしているのである。
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だが、わが家の猫さんには、こんな私の状況は知った事ではなく、"いつも通り"が大好きな猫らしく、盛んに絡んで来る。
最初こそ、かまってあげられていたが、忙しさにかまけた私がテキトーに相手していると感づいたのか、拗ねて姿を消してしまった。
しかも、それと気づいていて、なお探そうとも、呼び掛けすらしなかったことで、相当に頭に来たのか、そう広くもないわが家を探し回っているのだが、本当に姿が見えない。
雄猫のように家出するほどの行動力は持ち合わせていないのは知ってはいるけれど、段々、心配になって来る。
最後の手段、チュールで誘い出そうかとも思ったが、「私が忙しく立ち働いているおかげで、なに不自由なく暮らせているのよ。」と思うと、大人気ない私が立ち上がって来た。

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猫さんを探していて、ふと思い出したことがある。
あの能登半島地震(2024年1月元日)よりも前のことだが、金沢観光をしていて、大通りから少し小路に入ったところ、石畳に居並ぶ町屋。その軒先にさりげなく張り出されていた和紙に端正な筆使いでしたためられた一葉の詩歌。
『たちわかれ/いなばの山の峰におふる/
まつとしきかば/いま帰りこむ』
中納言行平こと、在原行平(ありわら の ゆきひら)のお歌だった。
「何かのおまじない?」
百人一首の世界観に連れていかれそうになりながらも、思案を重ねる私。
土地勘のない旅人が古都の入り組んだ路地に迷ったかと思われたのか、今そこに暮らしている風情の買い物かごをさげた年配の女性に声を掛けられた。
少しお話を交わした後に、目の前の和歌について尋ねてみた。
『これは「猫よぼりの歌」と言って、猫がいなくなった時に、このまじないをすると、戻ってくるとの言い伝えなのよ。』
柔和で穏やかな声の主の言葉に、私は金沢という土地の古き良き風情を感じた。

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"あの迷子の猫さんは、見つけてもらえたのかしら?"
そう思うと、忙しいとはいえ、猫さんを相手に子供っぽい態度をしている自分が恥ずかしくなった。
"ええい仕方ない。私が折れるか…。"
私は心の中で、そうつぶやくと、猫さんの大好物がしまってある戸棚へと足を向かわせた。
あなたは、私のように慌ただしさに、
つい苛立ちを周囲へと感染させないように
ご注意なさってくださいね。
猫さん、犬さん、もちろん大切なご家族も、あなたのことを気にしているのですよ。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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