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「『浜辺の歌』砂の上に綴られた、忘れじの記憶。(5月22日)」

*
5月もそろそろ終わりが近づいてきました。
お外の日差しは、もうすっかり初夏で、
時折迎える気温30度をうかがう暑さに、
昨年夏の酷暑を思い出し、

「あぁ、夏なんて来なければ良いのに…。」
と、つぶやいてみる。

だけど、夏にもその季節にしか味わえない
楽しみはあるわけで、
真上からの日差しの正午は、木陰で息をひそめ、
日が傾くの待ってから、夜行性動物のように動き出す。

自然の歩みに抗うのではなく、
その身を委ねてみると、厳しい季節も快適に過ごせそう。

(昨年に引き続き、夏のコーデには『サマードレス』が流行っている。真っ白がトレンドカラーなのだが、このお色は透け放題なので、身につけるとなると、色々と面倒なのだ。それに透け防止で布地が若干、ぶ厚い。見かけほどには涼しくないの。サマードレスとは、着るのではなく、鑑賞して楽しむものかもしれないなぁ…。(MIYABI談))


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「あした浜辺を さまよえば…」
その一節を口ずさむだけで、
頬をなでる潮風の香りと、打ち寄せる波の音が聞こえてくる。

日本人が抱く「海の原風景」ともいえる、
この『浜辺の歌』。
実はこの曲、成田為三が弱冠22歳の時に
書き上げたメロディだということを、
あなたはご存知ですか。


林古渓(はやし こけい)が綴った詩には、
ただ美しい景色があるだけではありません。

朝の浜辺でかつての友を想い、
夕べの浜辺で寄せる波に、愛しい人の面影を重ねる。

寄せては返す波の音を表現した、
ピアノの寄木細工のような伴奏に乗って、

私たちの心はいつの間にか、
「今はもう戻れない、あの日」へと連れ出されていきます。

*
お歌のメロディーを軽くピアノでなどってみると、
興味深いのは、この曲のテンポ。

「ゆったりとした三拍子」で
書かれていますが、それはまるで、
母に抱かれて揺られている揺り籠。
あるいは、深い海の底から響く、
地球の鼓動のようでもあります。

作曲家の成田為三がドイツ留学を経て、
西洋の技法を学びながらも、
その根底に流し込んだのは、

日本の浜辺に漂う、どこか切なくて温かい
「あわい(間)」の感覚でした。


*
現代を生きる私たちが、ふと立ち止まって
この曲を聴くとき、
砂の上に書いた文字が波にさらわれるように、
日常の喧騒も、少しずつ溶けて消えていくかもしれません。

それでは、お聴きください。
『浜辺の歌』です。


形あるものはいつか消えても、
波の音と歌声は、
時代を超えて私たちの心に
「帰る場所」を教えてくれます。

この柔らかな旋律が、
あなたの心の波打ち際にも、
穏やかな凪の時間を届けてくれますように。

今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

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