「大音楽家は何を教えたのか?(9月12日)」
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平成・令和の現代でも、音楽家が職務経歴書に必ず書く内容に
『〇〇音大の〇〇教授に師事。』と言うのがある。たとえば演奏会に行くと、紙の前売り券なら、入り口のスタッフがもぎった半券と共に、『会場ホールの案内や、そこで開催されている催し物案内』など、割と多く感じる量の冊子類と共に、今日の演者の演目を記載したパンフレット(プログラム)を手渡してくれる。
指定席制なら、手元の半券に書いてある席を探しながら、緩やかなスロープ伝いに周囲をキョロキョロと伺いながら、歩む。
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さて、席の座り心地、表地のビロードの手触りを確かめつつ、席に腰を下ろす。
プログラムに目を落とすと、その日のセットリスト(演奏曲目)が片面、あるいは見開きになっていて、ちょっと昔のスタイルなら、演奏曲についての解説と作曲家の紹介、「何か、不機嫌になるような事があったの?」と勘ぐりたくなる険しい顔つきの肖像画まで載っていたものだけど…。
今どきなら、それら演奏曲についての解説は省かれて、アッサリして見た目をしている。
そんな中でも、演奏家の簡単な経歴は記載されていて、先述した『〇〇教授に師事』が目に飛び込んでくる。その師事した先生が世界的な演奏家だったりすると、『おお〜!』っとなるところだろう。

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それはそうと、演奏曲の作曲家、例えばモーツァルトやベートーヴェンも、弟子をとっていたことをあなたはご存知ですか?
もし、今から開演される舞台に立つ演奏家さんのパンフに『モーツァルトに師事』や、『ベートーヴェンから教えを賜った』などと書かれていたら、先ほど上げた『おお〜!』と発した感嘆符のボルテージはMAXになるかもしれない。師事した大先生が偉大だと、その生徒も一緒に、グレードアップするものなのだ。

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それは、故郷のザルツブルグを追放同然でウィーンへと出てきたモーツァルト。その後のベートーヴェンの時代もそうだった。
ウィーンの名だたる貴族たちが(政略結婚させる)娘に箔をつけようと師事させたり、ご本人が音楽愛好家なら、自ら弟子入り志願した。
音楽家も、収入面で大貴族のお嬢様の弟子入りを大いに当てにしたし、弟子入りする貴族も、当時の超・売れっ子の音楽家に師事したとなれば、自慢のタネになる。双方Win-Winであったのだ。
弟子をとる意味とは、人気次第の不安定な演奏会の収益よりも、高額なレッスン料×弟子の人数分の安定収入、それに加えて作品を贈ると《献呈料》も臨時で懐に入る。弟子をとるのは、誠に旨みのある事なのである。
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ただし、モーツァルトやベートーヴェンに弟子入りしたとして、そこで教わる事は、今日の音楽教室とは若干、違っていた。
もし、あなたがこの2人のような音楽史に名を残すレベルの先生に師事したとしたら、何を期待するだろうか?
大家でなければ知り得ない演奏や作曲の秘術を、"それこそ《一身相伝》に学ぶことができる特権に預かれる光栄に欲せる"と胸を高鳴らせて、先生を訪ねる。
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このレベルの大家には、紹介状は必須なので、まずは秘書を兼任する一番弟子さんに、それを渡して、どこの貴族からの推薦なのかを確かめられる。次いで、つま先からお召し物、この時代は必須だった《かつら》のセンス、頭の三角帽子まで、値踏みをされるかもしれない。
その後、ピアノの前に案内されて、
『さて、まずは君の腕前を見せたまえ!』
と言われるだろう。
でも、そこで、(暗譜でイケるくらいに、しっかりとお勉強した)先生の作品を弾こうとしたら…。たぶん、ダメ出しされる。
『私が、君にテーマとなるメロディーを与えるから、それを元に即興で構想を膨らませるのだ。』と言って、いきなり即興を強要されることになる。
そして、次からは即興に必要な楽典、和声法。バッハの音楽ならポリフォニー(対位法)など、音楽の決まり事、《基礎》を延々と教えられる。もちろん、そういった座学と相前後して、即興演奏を訓練させられる。

『エリーゼのために』
楽譜は国際楽譜ライブラリープロジェクト(International Music Score Library Project、IMSLP)様より借用。))
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いつになったら、大音楽家の秘技を学べるのかと思っても、そんな日は決して来ない。
たとえ、モーツァルトやベートーヴェンに師事したとしても、教わるのは音楽史の中では無名のままで終わる街場の音楽家が教えるのと同じ《基礎》だけだ。
かつての昭和時代の古めかしい師弟関係には幾分残っていた、《技は見て盗め》は、当時から続く歴史と伝統であったと悟ることになる。
『それが、当時の弟子入りして学ぶことの全て。』
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当時の演奏家は、貴族の館で催される宴会の余興の音楽担当に過ぎず、貴族たちが出した、"音楽的にはどうかな?"と首を捻るようなメロディーであっても、きちんとした曲に仕上げて、宴会の主催者たる貴族の面目を潰さないように職人技を駆使して音楽を提供する、アクロバット・パフォーマンスが求められた。
※J.S.バッハに無茶振りのテーマを課して、後の『音楽の捧げ物 BWV.1079』を誕生する切っ掛けになった"フルート好きのフリードリヒ大王など。"
故郷のボンから音楽の都ウィーンに出てきて、ベートーヴェンが人気を集めたのは、こういった即興による演奏の見事さであって、そこでは、今日の私たちが出版譜で知るピアノ・ソナタの『月光』や『ワルトシュタイン』、『テンペスト』の音楽ではなかった。
だからこそ、当時の大音楽家に弟子入りして学んだ楽徒から誕生する音楽家は、当時としてはそれなりに人気を博したとしても、今日では目新しさのない平凡な曲想で、忘れ去られる音楽家となるのである。
辛うじて、モーツァルトのRequiemの補作や、師匠が亡くなった後で作品の校正・浄書に貢献したジェスマイヤー。
ベートーヴェンの弟子で、今では練習曲にその名を残すツェルニー。
あるいは、『ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲 ハ長調 作品120』のおかげで音楽家として歴史に名を残す幸運に恵まれたディアベリ。"彼は音楽家と言うよりも、出版事業で大成した。"などである。
なるほど『〇〇に師事』とは、結局そのようなものとご理解いただけたなら、幸いです。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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