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社内組合はなぜ労基法違反に触れないのか——カスハラには176万筆、賃金切り捨てには沈黙

UAゼンセンという労働組合がある。組合員数約190万人、日本最大の産業別労組だ。飲食・小売・サービス業を中心に、すかいらーく、スシロー、はま寿司といった大手チェーンの社内組合が加盟している。

2018年、UAゼンセンはカスタマーハラスメント(カスハラ)対策を求めて176万筆の署名を集め、厚労省に提出した。段ボールに詰めた署名用紙が省内に運び込まれる様子は、労働組合の「組織力」を見せつけるものだった。この署名と実態調査がきっかけとなり、カスハラは社会問題として認知され、法整備の検討が始まった。

しかし同じ時期、UAゼンセンに加盟する企業では別の問題が放置されていた。従業員の賃金を5分、15分、30分単位で切り捨てるという、明確な労働基準法違反だ。

切り捨てを止めたのは社内組合ではなかった

前回の記事で、飲食チェーンの賃金切り捨て問題を時系列で整理した。改めて、誰がこの問題を動かしたのかに焦点を当てる。

すかいらーく(2022年是正)
5分単位の切り捨てを廃止し、約9万人に過去2年分・16億〜17億円を支払った。すかいらーくにはUAゼンセン系の社内組合(すかいらーくグループ労働組合連合会)がある。しかし是正のきっかけを作ったのは、外部の合同労組である全国一般東京東部労組だった。社内組合はこの問題を何年もスルーしていた。

スシロー(2024年是正勧告)
5分未満の切り捨てで中央労基署から是正勧告。2022年9月に1分単位に切り替え済みだったが、過去分の未払いは勧告を受けるまで放置されていた。

はま寿司(2025〜2026年)
15分単位の切り捨てを2025年12月まで続けていた。変えたのは、学生バイトが結成した「回転寿司ユニオン」(外部合同労組)の団体交渉だった。当初は過去分の支払いも拒否し、2026年1月に行田労基署の是正勧告を受けてようやく全従業員への支払いに応じた。

3社とも、社内組合ではなく外部の力で動いている。

176万筆と沈黙の境界線

ここで矛盾が浮かび上がる。

UAゼンセンには176万筆の署名を集める組織力がある。2017年にはカスハラの実態調査を実施し、目標2万件のところ5万3,000件の回答を集めた。組織を動員し、世論を作り、政策を動かす力を持っている。

にもかかわらず、加盟企業の賃金切り捨てには沈黙していた。

なぜか。答えは、カスハラと賃金切り捨てでは「敵」が違うからだ。

カスハラ対策の「敵」は客だ。悪質な客から従業員を守る。この構図では企業と組合の利害が一致する。企業にとっても、カスハラ対策は従業員の離職防止やブランド保護につながる。組合が声を上げても経営側と対立しない。だから動ける。

賃金切り捨ての「敵」は企業だ。加盟企業の労基法違反を指摘することは、経営側との直接対立を意味する。社内組合にとって、それは自分たちの存続基盤を揺るがす行為になる。だから動けない。

組合が動けるテーマと動けないテーマの境界線は、「経営との利害対立があるかないか」で引かれている。

社内組合が「御用組合」になる構造

これは個々の組合幹部の問題ではなく、日本の企業内組合に共通する構造的な問題だ。

組合幹部の出世ルート化。 多くの大企業で、組合役員の経験は出世コースの一つになっている。組合幹部は経営トップと直接話す機会が多く、人脈が広がり、任期後に管理職ポストへ戻る。経営と対立すれば、そのキャリアパスが断たれる。現代ビジネスの報道でも「組合役員がいつしか出世ルートになっている」という実態が指摘されている。

経営との癒着による自主性の喪失。 労働基準法は、使用者の利益代表者が参加する組合や、運営費の援助を受ける組合を「労働組合」として認めていない。しかし実態としては、経営側が組合幹部に便宜を図り、組合が経営方針に異を唱えない関係が成立している企業は少なくない。こうした組合は「御用組合」「第二人事部」と呼ばれる。

結果として、「腫れ物に触らない」組合が残る。 賃金切り捨てのような自社の恥には触れない。触れれば経営との関係が壊れる。経営との関係が壊れれば、幹部のキャリアも、組合の存在意義も揺らぐ。だから触れない。

変えたのは「組織の外の人間」だった

すかいらーくの東京東部労組。はま寿司の回転寿司ユニオン。いずれも社内組合の外から来た力だ。

特にはま寿司の回転寿司ユニオンは象徴的だ。2022年にスシローの学生バイトが立ち上げ、業態をまたいではま寿司にも広がった。19歳の大学生が、全国チェーンの労務慣行を変えた。

彼らが動けたのは、社内組合の構造に組み込まれていなかったからだ。経営との人間関係がない。出世コースに乗っていない。失うものが少ない分、本当の問題に触れることができた。

逆に言えば、社内に190万人規模の組合があっても、構造的に「闘えない」状態になっている。日本労働研究機構の論文タイトルが「もはや労働組合は闘わないのか」だったのは皮肉ではなく、研究者から見ても明らかな問いだということだ。

組織内議員は何をしているのか

UAゼンセンは国政にも組織内議員を送り込んでいる。参議院議員の川合孝典氏と田村まみ氏は、いずれもUAゼンセンの政治顧問で国民民主党所属だ。

カスハラ対策の法整備では、こうした政治的なパイプが機能した。しかし、加盟企業の賃金切り捨て——つまり労基法24条違反が業界全体で常態化していた問題に対して、組織内議員がどのようなアクションを取ったのか、報道では確認できない。

176万筆の署名を集め、国会議員を送り込む力を持つ労働組合が、加盟企業の労基法違反には沈黙する。この事実自体が、「この業界はブラックだ」と宣言しているようなものではないか。

社内組合に期待すべきではないのか

社内組合が全く機能していないとは言わない。春闘での賃上げ交渉、福利厚生の整備、そしてカスハラ対策のように、経営と利害が一致するテーマでは成果を出してきた。

しかし、労働者の権利を守るという本来の機能——特に、企業の違法行為に対して声を上げるという最も重要な役割については、構造的に期待できない状態にある。

だからこそ、回転寿司ユニオンのような外部労組の存在が重要になる。社内組合が触れられない問題に、外から光を当てる。19歳の学生バイトが全国チェーンを動かせたのは、組織の論理に縛られていなかったからだ。

飲食チェーンの食中毒も( https://note.com/_mamamaru/n/n5decedb38b31 )、賃金切り捨ても、社内組合の沈黙も、根は同じだ。現場の人間を安く使い続けるビジネスモデルと、それを問わない構造。変えるのは、いつも構造の外にいる人間だった。



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