三日月のブランコに帽子を忘れた日──ウグイスの初音と、春のほころび──視ノ詩—shi no uta
好きなことは
いつも 大げさではない
誰かに見せるためでもなく
特別な札をつけるほどでもない
日々の すこし先にある
やわらかな延長線
花の匂いに包まれて
枝のあいだから
今年はじめての ウグイスが鳴いた
その声は
春が来たという知らせよりも
もっと静かで
もっと確かなものだった
昼が終わるころ
夜は そっと手を引き
静けさのほうへ
わたしを連れていこうとする
満開の花のなかで
遠く あの人が
大切な誰かと
時を分かち合っている気配を見て
ほんとうに よかった
と 思った
わたしは
三日月のブランコに
置き忘れた帽子を探す
風にさらわれて
なくなったはずの悲しみを
こんどは
歌として 拾いなおしながら
ウグイスは、こちらの都合を知らない
花のあいだから、不意に
聞こうとしていなかったのに、聞こえてしまった──今年最初の一声
胸の奥が、やわらかくほどける
理由はわからない
けれど、確かに蕾がはじけるみたいに
ほどけた
いろいろなものに触れてきた
華やかなもの
整えられた空間
形式の美しさに救われたことも、もちろんある
けれど、結局いちばん深く残るのは、こういう瞬間だった
そのままのものを、そのままで受け取れた、という感触
花は、感動させようとして咲いてないし
ウグイスは、聴かせようとして鳴いていない
夕方へ傾く空気は、誰のためでもなく、ただ変わっていく
ただそれだけで──こちらの心に、まっすぐ届く
春は、名乗らない
匂いで来て、音でふれて、気づいた人の内側から、そっとほどけていく
今日、その瞬間に立ち会えた
散歩の帰り道、ふと思った
風にさらわれたはずのものが、まだどこかにあるのかもしれない
探すのではなく、歩いていたら、また聞こえてくるのかもしれない
ウグイスが教えてくれたのは、春の到来ではなかった
春は──すでに、ここにあるということ
