ちいさなお店を愛するということ
「修学旅行で来られたんですか?」
学校から歩いて10分の場所にあるカフェを訪ねると、入り口でお店のおじさんに声をかけられた。高校2年生の秋のことだ。
上野と浅草のちょうど中間にある中高一貫校に通っていた。伝統があることはたいへんよろしいが、大正時代から受け継がれているらしい女子の制服は絶望的にださかった。ジャケットの前開きの部分には隠しボタンが付いていて、すべて閉めて着用することが規則だったし(ボタンを外したところでださい)、スカートの下に履いてもよいストッキングの色は黒に限られていたため、冬の装いに至ってはほとんど喪服だった。
そんな色彩のない私たち4人は、中学の部活でとくに仲の良かったメンバーだった。高校生になっても週に1回、お昼やすみに集まっては私たちだけの世界で腹筋がよじれるほど笑っていた。
事前にインスタグラムで調べて目星をつけていたそのお店が、いわゆる「一見さんお断り」であることには当日になってようやく気付いた。それでも17歳の澄んだエネルギーとは計り知れないもので、「行ってみたら入れてくれるかもしれない」という舐めきった意見で全員が一致したのだった。
お店の前にたどり着くと、4人のうちのひとりが入り口の扉についた小さな窓からじろじろと店内を覗いた。奥のほうは電気がついているけれど、扉には鍵がかかっていた。やっぱりダメかあ、と話していると、お店の奥からおじさんが出てきた。
「ごめんなさい、今日おやすみなんですよ。」
一見さんがどうの、という以前の問題だった。若さと未熟さの恐ろしく恥ずかしいことよ。学校の昇降口では、どうにかなるっしょ、と豪語していた私たちも、おやすみと言われてしまえば諦めるほかない。すみませんでした、と言ってお店を後にしようとしたとき、おじさんから言われたのが先のひとことである。
喪服さながらの重たい制服、ベースメイクすら施されていない顔面、たくさんの教科書を詰め込んだ大きすぎるリュック。たしかに当時の私たちは、日本の中心で生まれ育ったとは到底思えない出立ちだった。いや違います、すぐそこの高校で、と否定する声も聞かずにおじさんはお店の奥へと消えていき、しばらくして戻ってくるなり、灯りの消えたテーブル席に私たちを案内してくれた。
せっかく(地方から)来てくれたから、と言うおじさんに、全員で必死に「向こうにある高校から歩いて来ました。制服がださいだけなんです。」と訴えると、おじさんは大笑いしてくれた。「一見さんお断り」ということばが想起させるような気難しい店主の姿とはまるで異なる、拍子抜けするほど物腰の柔らかい方だった。そしておじさんは、今日はなにも仕入れていないからぜんぶ余りものなんだけど、と前置きをして、私たち4人にロールケーキと温かい飲みものを出してくれた。4人ぶんのお皿には、それまでの人生で一度も見たことのない量のマスカットが満開の花びらみたいに並んでいた。
お料理だけではない。やさしい色のうつわ、やわらかい布のコースター、ころんと包まれたお砂糖。私たちがいつも行く、300円足らずでドリアが食べられるファミレスとはまったくべつの種類の心遣いがあった。どの店舗に足を運んでも同じようにもてなされるチェーン店の数々は、わずかなお金を握りしめて遊ぶ高校生の強い味方ではあったけれど、どこを探してもたったひとつしかない小さなお店には"ひと"の温度が宿っていることを知った。おとなの世界だった。学校という、自分たちの生きる世界のすべてだと思い込んでいた場所から歩いて10分の距離に、こんなひとがいて、こんな美味しいものがあって、こんなにもほわほわとした気持ちをくれるのか、と思うと人生に新たなダンジョンが現れたような感覚だった。
私たちがどんなに引き下がっても、"余りもの"でつくったからと言っておじさんはお代を受け取ってくれなかった。その代わりに、次回の予約をするための連絡手段を教えてもらった。制服のださいことに救われて、私たちは「一見さん」の壁を突破してしまったのだった。ありがとう、喪服。
お店を後にしたとき、私たちは秘密基地を手に入れたような気分だった。はじめから決めていたことのように、私たちは「このお店の写真はインスタに載せないし、べつの友達にも教えない」と確認し合った。食べたものや遊んだ相手、訪れた場所、そこで見た景色。生活の多くを共有せずにはいられなかった当時の私たちが、初めて「誰にも教えたくない」という感情を抱いた日だった。
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2回目の訪問は冬のまんなかだった。私の誕生日の翌日だったので、おじさんはロールケーキに3本のろうそくを立ててお祝いしてくれた。生地とクリームがぎゅっとつまったロールケーキの隣には、バニラアイスの乗ったチーズケーキも鎮座していて、周りにはお皿いっぱいにいちごが盛り付けられていた。
おじさんは、ときどきキッチンからこちらへ出てきては私たちとおしゃべりしてくれた。その日は、お店の近所でパン屋さんを営んでいる方が来店されていて、おしゃべりの流れで私たちにもその方を紹介してくれた。後日、そのパン屋さんにも足を運んだけれど、17歳かそこらの子どもがその味を知るには早すぎるほど美味しい食パンで、衝撃を受けた。
食べものも、ひとも、空間も、うつわも家具も間取りも。あの場所で経験した時間は、認識できる「世界」の幅を大きく広げてくれる、物語のような存在だった。
春が来ると、本格的に大学受験へ向けた生活が始まった。帰りのHRが終わると同時に塾や予備校へ直行するような日々のなかでも、私たちは予定を合わせて4人でお店を訪れた。おじさんは相変わらず明るくやわらかく、程よい距離感で話しかけてくれた。その日は2種類のメロンとロールケーキ、ティラミスの乗ったプレートを出してくれて、勉強漬けの毎日を耐え抜く私たちには眩しいくらいのご褒美だった。
夏の始まりにお店を訪れると、やさしいベージュの色をした平皿には理解が追いつかないほどたくさんの種類のフルーツが盛り付けられていた。また
明日から頑張れるね〜と話しながら、その日は久しぶりに心から笑うことができた。あたたかくて、楽しかった。スイカやメロン、りんご、梨、ぶどう、バナナなど、これでもかというほどの山盛りフルーツが豪快にうつわを彩っていた。そうなると、初めて来たときのマスカットやいちご一色のプレートも懐かしく感じられ、今年の秋も4人で食べに来ようね〜なんて呑気に話していた。
この日が、4人でお店を訪れた最後の日だった。
数ヶ月後に入試を控えた私たちのこころはあまりにも繊細で、夏休みを過ぎたころからはお昼休みの会話にもどこか緊張感が漂うようになっていた。毎週のように4人でばか笑いしていた日々が嘘みたいだった。各々の脳内を占めるのは志望校のこと、模試の結果、予備校で受ける映像授業の進捗、推薦枠をめぐる情報戦。全員が、自分のことだけで精一杯だった。
お店に行きたいとは思いつつ、他の3人に声をかけるのは気が進まないし、だからといってひとりで訪れる勇気も当時の私にはなかった。あっという間に入試本番はやって来て、けっきょくお店を訪れることはないまま卒業の日を迎えた。
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移転します、というメッセージが表示された矢先、唐突におじさんへの連絡手段は絶たれた。浪人生として2度目の受験勉強に追われている最中のできごとだった。
高校を卒業した後、あの3人とは一度も会っていなかった。自身の置かれた状況的にそれどころではなかったこともあり、当時はお店やおじさんのことはおろか、6年来の友人たちを気に留める余裕すらうしなわれていた。
ようやく受験が終わったころには、世界中が未曾有の感染症に見舞われていた。1年ぶりにzoom上で顔を合わせた私たちは、「お店、閉店しちゃったぽいね」と話した。全員がそのことに気付いてはいたのだった。
家から出られない、おじさんにも連絡できない、お店もすでにあの場所にはないらしい。私たちに出来ることは残されておらず、あの場所で過ごした時間は過去のある一点として仕舞いこむしかなかった。
移転先を探し出そうと、いつかおじさんが「ボツになった店名候補」として教えてくれた名前(ださくて奥さんに却下されたらしい)を検索してみたこともあるけれど、それらしき店がヒットしたことはない。ほんとうは、「移転」ではなかったのかもしれない。おじさんが今もどこかに元気で生きていてくれたらそれでいい、と思う日もあれば、無性にあの空間に帰りたくなる日もある。受験勉強の息抜きに、ひとりだろうと関係なく足を運べばよかったと今さら後悔したところでお店は戻ってこない。
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大学を卒業して社会に出て、だんだんとお店のことを思いだす日は減っていった。おじさんの顔や声も、時を経てすこしずつ記憶から溢れ落ちている。私たちのLINEグループは、4年前にzoomで顔を合わせたときから動いていない。
私も、彼女たちも、あのおじさんも、きっとあのころとはべつの人間になっていて、これからも絶えず変化していくだろう。だからこそ、帰る場所が必要なのだと思う。ずっとそこにあって、変わったことと変わらないことを認識するための、もうひとつの家。
かつては慣れ親しんだお店ですらひとりで訪れることを躊躇っていた私も5年ぶんの歳を重ね、時間とお金と胃袋のゆるす限り、ひとりで街のちいさなお店をめぐるようになった。そして半年ほど前からは、行きつけと言えるようなお店もできた。入り口の引き戸をすべらせると、キッチンから顔を出したご主人は「今日も図書館の帰りですか?」とか「仕事は慣れました?」などと声をかけてくれる。記録のために写真は撮るけれど、店名の分かるかたちでSNSへ載せたことはない。今はこのお店が、私にとっての秘密基地であり、こころに余白がなくなったら帰る大切な場所だ。簡単に”家”を他人へ教えるわけにはいかない。
こんなふうにお店を愛せるようになったのは、17歳のころ偶然に出会ったあのお店とおじさんが、おとなの世界を教えてくれたからだろう。
いつかまたどこかで、たくさんのフルーツとふかふかのロールケーキを食べられたら、と夢見ている。
