好きです、アリババ🎠💩
【はじめに】
テント公演と劇場公演を時と比べつつ、大好きなアリババの作品の私なりの解釈を書いていく!
※主に劇場を軸にして、たま~にテントと比べながら書いています。
アリババは唐十郎さんの初期作品。1966年に初演された。
李麗仙さん(元奥さん)へ当て書きした作品。
安田さんさんはそのことを雑誌でさらっと、
「李麗仙さんに対するラブレター」
って言葉を使っていて、その言葉選びが好きだーって思った。
アリババは私が生まれるよりはるか前の作品。
少女都市のときにも思ったけど、唐さんの戯曲って書かれた時代と今生きている時代のギャップがあるから、解釈の仕方とか受け取り方にどうしてもズレが生まれる。
だけど、唐さんの過去の作品をたーくさん読んだり、映像を見たりしながら、すべてを完璧に理解することができなくても、唐さんがその作品に対してどんなユーモアやこだわりを散らばせているのか考える時間が、私ができる最大の唐さんに対するリスペクト!!だと思う!
たくさん誤読もあると思う。
これはあくまでも私はこう捉えたよ~ってことなので、もし読んでくださる方がいるのであれば、そこはご理解の程よろしくお願いします。
◎赤い地球儀
風鈴の音を聞いていたら、舞台が明るくなり、宿六と貧子のシーンからスタート。
テーブルの上に地球儀が置いてあって、クルクル回っている。それを宿六と貧子が向かい合って見ている。
また暗くなる。
ゴーンゴーンと鐘がなっている。
そして、また明るくなると、宿六が寝っ転がりながら麺を啜っている。
貧子が歌う。
ホウセンカァァァ〜のやつ。
(この歌は愛の乞食でジョンシルバーも歌う)
最初見た時、なんで地球儀!?なんで赤!?
って思った。
何回か見ていると、見慣れてきてこの疑問一瞬消えていたけど、赤い地球儀ってこのお話に結構重要な物っぽくないですか!?
このアリババの舞台で赤い地球儀を使っている場面は、私が記憶している限り、以下の通り。
誰が地球儀を扱っているか、誰がそれを見ているかに注目した。
・1番最初に宿六と貧子が向かい合ってクルクル回る地球儀を見ている。
・宿六が地球儀を眺める(何回かある)
・宿六が地球儀に片足を置く。
(途中もあるけど、最初の方と1番最後のシーン
にある)
・老人が「モンゴル共和国に赤い馬がいた」と宿六に伝える時、老人がクルクル回している。
・貧子になぞなぞを出す時に老人が回す。
・貧子さんがブランコを乗っている時に、老人が目の前にくるくる回った地球儀を置く。
・貧子さんが赤い地球儀とぶつかる。
・貧子さんが赤い地球儀を優しく抱っこする。
・最後の方(七十五人の〜の歌のところ)で堕胎児 が宿六の頭の上で地球儀をクルクル回す。
→それを宿六の前に置く
回している人物に注目して欲しいんだけど、
宿六→老人→堕胎児 なのね。
言語化がとっても難しいけど、
地球儀を回す側は、幻想の発信者。
地球儀がまわっているのを見る側は、幻想の受け手。
って感じかな、、、、、、
そもそも宿六と貧子は、最初回っている地球儀を見ている側だった。
たぶん、回っている地球儀を見ている時は、現実から一歩ズレていて、宿六も貧子も幻想を見ている(夢見てる的な?)
あと、赤い地球儀は登場人物の記憶とか時空にも関係しているのかもって思った。
宿六、何回も赤い地球儀をうっとりした表情やわくわくした表情で見ていた。だけど、赤い地球儀の上に足を乗せちゃったりするんですよねえ。
足を乗せるってことは、宿六の反逆心の現れ。
宿六は、現実世界の理不尽さとか葛藤とか悔しさとかいろんなことを感じながら生きている繊細さがあると思う。それと同じくらい冒険心や野心もある。
凄くこの世の中に強い理想を抱いていて夢や希望もしっかり持っている。(これは後々、馬の話に繋がるかも、、、)
宿六は、赤い地球儀に片足だけを乗せている。つまり、幻想の中に片足だけ突っ込んでいる状態。というか片足以外はしっかり地球儀の外側にいるから、現実から幻想の世界に少しだけ入っている感じなのかな(伝われ)
ラストシーンで、堕胎時が宿六の頭の上で回してクルクル回っている地球儀の上に片足を乗せて錆びたナイフで足を刺す。
宿六の赤い血と赤い地球儀の赤が混ざり合う。
混ざったね、、、
ちなみに、貧子さんは赤い地球儀とぶつかって目から赤い血が出て地球儀の赤と混ざり合う。
宿六→片足から赤い血×赤い地球儀
貧子→目から赤い血×赤い地球儀
混ざり合うことで、アリババの世界(幻想)と現実の世界が一体化する。
急に一体化するんじゃなくて、話が進むにつれて徐々にしていってるんだよね。
貧子さんは、赤い地球儀を赤子を抱くように優しく包み込んでいる。
貧子さんは、夫婦関係に悩んでいるところもありつつ母性が凄く強い女性。
そして最初のシーン。
すでにくるくる回っている赤い地球儀を宿六と貧子が見ているってことは、その時点では2人とも幻想の中にいるんじゃなくて、まだその世界の外側にいたんですよねぇ。
貧子さんが宿六の足をぐりぐりーーってするシーンで、
「この足があんたの体をささえていたの?」
ってセリフあるけど、
足が宿六を支えているというより、
赤い地球儀の上に片足を乗せてる宿六がいる以上、赤い地球儀(幻想)が宿六を支えているんだよなーって思いながら見てた。
◎音
アリババの作品は、風鈴のチリンチリーン🎶みたいな音を聴いていたら始まるんですよね。
主に宿六って、音(もしくは気配)によって幻想の世界に導かれてる感じあった。
ちなみに少女都市も、音から始まった。
自然や日常音ではなく、機械で作られた音だと思うけど、ドロッとした感じの音。
今でもはっきり覚えてる。この音を聴くと、少女都市の世界に入るんだ!って感じてた。
この作品には、日常音や自然音がたーくさん出てくる。
・風鈴の音
・鐘の音
・雨の音
・(実際には聞こえないけど)馬の足音
・ブランコの音
・風の音
・馬の鳴き声
・宿六が走り回る足音
この音が幻想への入り口。
・雨の音(現実)=馬の足音(幻想)
・ブランコの音(現実)=馬の嘶き(幻想)
特にブランコの音の話は、小島キクさんのシーンで結構出てくる。
小島キクさんがブランコの上で子どもを生んでたって話は、きっと宿六の幻想とか記憶がわーーっ(語彙力)てなってたのかなって思う。
貧子が「馬なんかいない!」「これはブランコの音!」的な感じで現実を伝えようとしていたことが印象的。
あと、唐さんの作品を読んでいると、
人や何かの気配によって、そこにいる登場人物や読んでいる(見ている)人を別の世界に連れて行く感じがする。
◎宿六・貧子
黒い馬を追いかけるために、雨が降っている高速道路を裸足で走った宿六さん。(普通に考えてやばい)
ちなみに「巷談ジョン・シルバー」では、シルバーが高速道路を走っていて、裸足の男と出会うんだけど、もうみんなやばすぎて好き。
そして、シルバーが高速道路爆走中のときも雨が降っていた。
途中で雨が降り出した。どしゃぶりの雨だった。泣くこともできないシルバーは、それを自分の涙だと思い込んだ。
走っていた理由は違うけど(シルバー側はド下ネタ)、何かを求めて走っているのは同じ。
このシーンが、宿六さんの高速道路爆走話と重なって、胸が熱くなりました。
話戻します。
宿六さんめちゃくちゃ早口。
少し幼さを感じる喋り方でガーーーーって喋る。
若衆公演と比べると、安田さんがいかに早口なのかがよくわかった。
早口だけど全部セリフが聞き取れてちゃんと頭に入ってくる喋り方をするので凄い。コツとかあったら聞きたい。
舞台開始直後、貧子さんの
テント版:「それから?」
劇場版 :「ほんで?」
から宿六のマシンガントークが始まる。
貧子さんは、宿六の話を「それから?」と否定もせず、一緒に考えたり動いたりしながらお話を聞いていた。
宿六との夫婦関係についていろいろと思うことはあると思うけど、ノリがいいし、なによりも母性が強い!素敵な女性だなあって思った。
あ!あと!!!!
宿六さんってめちゃくちゃ周りから見られている意識高くない!?
そして、めちゃくちゃ周りにいる人に何かを叫んだり伝えたりする。
なんとな~く、社会から認められたいんだろうな、、と感じ取った。
これは1番最初にアリババを見終わって感じたことだけど、宿六はセリフにもある通り、区役所に行けば、一人の健康な東京都民って証明されるじゃん?
みどりのおばさんだって、生きていたから定期(舞台では免許証だっけ?)がある。
だけど、この作品にでてくる堕胎時たちはそれがない。
ここで生きている(た)人間だと実感できるセリフにぎゅっとなる感覚があった。
宿六は、基本馬のことしか考えてない。馬の話ばっかり。
(馬の話をきらきらした瞳で話す安田さんすきです)
この作品で印象的なのは、2人の地球儀の扱い方なんですよね。(また地球儀)
宿六→回す、眺める、片足を乗せる
貧子→赤子を抱くように優しく包み込む
貧子は、宿六のように理想の世界に片足を踏み入れる!よりも、周りから見て宿六の気持ちを受け止める側、どちらかというと現実側なんだな〜って思った。
ラストシーン、宿六が笑いながら地球儀に片足乗せて足を刺す。その前に宿六は貧子のことを一度見るんですよね。だけど貧子は表情を変えずに宿六のことを見続けていて動かない。
この貧子が動かないお話から、黒い馬の話に続く↓
◎黒い馬
宿六がずっと追いかけている馬。客観的に宿六を見ていると、理想もあって、憧れや尊敬もあるように感じる。
つまり、この馬こそ宿六が追い求めているこの世界の理想や期待を具体化したもの。
アリババの作品解説には黒い馬について以下のように書かれている。
「男」が語るこの走る「黒い馬」は、(中略)「女」によって代表される日常の静止画、無時間的な世界に真向から対立する、いわば世界の真実を一挙に開示してくれる存在であり・・・
これを私なりの解釈で言語化すると・・・
◎女(貧子)
・動かない現実
・変わらない日常
・時間が止まったような貧しい部屋(世界)の中
◎走る黒い馬
・動かすことのできる現実
・世界の真実(憧れや希望)を見ることができる
・閉ざされた部屋(世界)からの脱却
要するに、
日々、同じ部屋にいて貧しく過ごしている変わらない日常の中で、世界には希望や明るい未来的なものがあると信じている宿六。それを見たい!感じたい!と憧れを抱き続けている宿六。
だから、この走る目には見えない黒い馬を一生懸命追いかける。
現実では手に入らない夢や希望を、、、
でも実際は、黒い馬って希望でもあり絶望でもある気がするな、、、
◎赤い馬
次に、赤い馬について。同じく作品解説より。
(中略)「男」が追い求める冒険的な「黒い馬」に対立して、それを「赤い馬」にすりかえようとはかるのが、「女」と「老人」、そして「老人」によってひきいられる三人組の堕胎時たちだ。
馬が来た時に、めちゃくちゃ笑顔で目を輝かせて喜んでいた宿六。
(安田さんの笑顔ベリーキュート、ラブ)
だけどその馬が赤い馬だと知った時(しかも木馬)、信じられないくらいがっかりした表情をしていた。
この作品ではわかりやすく赤い馬は見える。
黒い馬は馬として見えないんだよね。
つまり、この作品で言う赤い馬は、超現実。
現実社会で安全でありきたりで日常的なもの。
そして、黒い馬の逆の意味を持つもの。
直訳すると、貧子と堕胎児を具体化したもの。
だから、英子は赤い馬に乗ってやってくるし、
貧子は赤い地球儀を抱き抱えながら赤い涙を流している。
貧子が優しく抱いている赤い地球儀は、きっと、
英子の記憶。幻想。
老人の超印象的なセリフ
「お前は知らないわけじゃないだろ。ここがアリババの街だってこと。ここではいつも、こうして時間がすぎてゆくのさ。
「たとえ、黒い馬がやってきたところでこの町に入ったら、赤い馬になっちまうこと、お前は知らなかったんだよ」
あーーー!!現実すぎる!!!
要するに、どれだけ宿六が思い描いていた、冒険的で希望溢れる世界がこの現実社会にやってきたとしても、結局は安全で都合のいいものに変えられてしまう。
だから結局、何も変わらない時間がすぎていくことになる。
怖いぐらい現実社会のことを伝えていて、ぎゃーーっ!て感じ(語彙力)
あ、街と町の使い分けもいいですね。
◎老人
テントで老人を見たときは、
「何!?イリュージョン!?」って思った。
棚的なところから出てきた時はびっくりした!!
そして、貧子さんには見えていない!?
会話がアンジャッシュのネタ(すれ違いコント)みたいになってるよ!?
情報量多くない!?とプチパニックだった。
最初から今まで宿六×貧子のシーンが続いていたから、老人の登場はめちゃくちゃ新鮮だった。
劇場版の風間さんの老人も、金さんの老人もどっちも大好きだったなあ。
風間さんは、特有の間があったり迫力や存在感が凄かった。金さんは、めちゃくちゃこの役が楽しそうで、その空気感が観客にも伝わってた。
宿六との掛け合いもよかったなあ!
早口の宿六が完全に老人にペース持っていかれてておもしろかった。
そして、何回か観劇する中で、老人って細かい動きの中で、意味があるようなないような動きが多くて気になりすぎたので、ひたすら老人のことだけを見て、老人のことだけを考えた回もあった。
老人は戯曲や映画で存在する、「番場の忠太郎」がモデルになっているのかな。
◎貧子×老人×堕胎児
貧子さんって老人が現れてからしばらくの間、老人このと見えてなかったじゃないですか。
見えるようになった流れは、簡単に書くとこんな感じ。
・たらいの中のミルクを見つけて舐める。
(味は甘くてシロップ的な感じ)
・全部飲んじじゃう貧子さん
(宿六「貧子さんは、お馬鹿さん!!」←(安田さん可愛すぎ!))
・老人が英子の手首を取り出す
・急に寒がる貧子。お尻が冷えて早く眠りたがる。
→ここではまだ見えていないけど、気配を感じて妊娠してた時の感覚も思い出してきてるんじゃないかな、、、
・ミルクを吐き出す貧子
(風間さんとのやりとりヒートアップしていってておもろかったな、、)
(宿六さん板挟み状態でおもろかわいい)
・英子の手首を見ながらちゃぶ台の上で苦しそうにし始める。
・と同時進行で赤ちゃんがミルクを飲んでいる。
・貧子、泣きながら干していた靴下を取って、手首を吊るす。
・その間に老人は赤い手袋をつける。
→金さんは音をたててつけていたから強調されいてた。
・貧子、やっと老人が見えるようになる。
つまり、貧子の体内から出たものが赤ちゃんの中に入ったと同時に見えるようになっているんですよね。
そして、地球儀を回し始める老人。
このシーンは老人が軸となって話が進んでいたから、何回か地球儀を回していたことが印象的だった。
地球はまわっているんですね。でも、地球が、カッパの国みたいに逆に廻っているとしたら、この世は死んだ子で一杯になっちゃうでしょうね。
1972年の芥川龍之介さんの作品に「河童」ってあるんだけど、この作品に「河童の国」がでてくるから、その話じゃないかなって思ってる。
さらっとしか読めてないけど、内容的にもそうだと思う。
(ここはしっかり読んだあとに追記で書こうかな)
そして赤い手袋のお話。
堕胎された赤ん坊や、堕胎の象徴である赤い手袋
堕胎手術したをした手は真っ赤に染まる。
そのことを赤い手袋で表しているんだろうなって思った。
ちなみに、赤い手袋をつけたときは、
貧子が泣きながら干していた靴下を取って、手首を吊るしているときだけど、赤い手袋を取るタイミングは、黒い馬・堕胎児たちが宿六のお家にやってきて、わーわーしているときに、端のほうでさりげなーく取ってた。
老人、冷蔵庫開けてお茶飲んだり、ゼリー食べたりほんと自由でおもろかったな。
◎うんこ
最初の観劇の時は、
「宿六うんこ投げてるー!うけるー!🤣🤣」
って思ってたんだけど、
2回目鑑賞ぐらいから、いや待てよ、、、
貧子さんがこの作品で体内から出したものはミルク。宿六さんがこの作品で体内から出したものはうんこ。
(もうすでに大量に出してたけど)
ミルク=母乳
と考えてみるとミルクは女性を象徴しているのかなと思った。
基本的には体内から出るミルク(母乳)って女性にしか出せないじゃないですか。基本的には。
宿六は、男性だからうんこ。
(言語化むずくてなんかごめんな書き方)
あと、貧子さんが自分の体内から出した(吐き出した)ミルクを赤ちゃんが飲むんだけど、宿六が体内から出したうんこは追いかけてくる人々に投げつけちゃうんですよね。
この場面から、2人の役割の違い?求めていることの違い?なんて言葉にしていいかわからないけど、、、そんなことを感じ取った。
そしてもう一つ。戯曲を読むと下記のようにかかれていたので、宿六は、自分の体内から作り出されて出たものを大切にしているんだな、と心がぎゅーんってなった。
(大事そうに、うんこをしまう)
ってか、うんこのシーン回を重ねるごとに観客と演者の空気感が一致してきておもしろかった!!
◎テント
・後ろの指定席のほうまで一生懸命投げる2人
・宿六「一生懸命みんなで作りましたー」
「しっかり干しました」
◎劇場
・宿六「2階席は届かないだけでわすれてないですよー」
・左でも投げれると謎の自信がある貧子さん
・宿六「全然飛んでへんやん。すぐ下に落ちとる」
・ラス1うんこを宿六さんが持っていて、涙のシーンで貧子さんに渡す。
・貧子さん「いらん」と後ろに投げる
→気づけばこれが定番化してて、毎回にこにこが止まらんかった。
・2人でうんこの硬さと形の確認
→「俺この形好き。」「これ硬いな。」「でっかいうんこや」
愛しのうんこタイム、、、
そして愛しの宿六×貧子タイムへ、、、
愛おしいね、可愛いね、女の子みたいだね、、、
◎ジョンシルバーとのかかわり
まずね、
馬の「ひひーーん!」っていななきのあとに、
ジョンシルバーの「七十五人で~船出をしたが~」の曲とともに黒い馬や児たちが登場するシーン、めちゃくちゃ大好き!!!
テントの時の、ポールダンスかっこよすぎた!!
もう一回みたい、、、
そして、若衆公演でこのシーンを見たとき号泣だった!!怖すぎて!!!!!数億年ぶりに恐怖感じて泣いた。
シンプルに、迫力にやられて泣いた。
でも宿六は超絶嬉しそうだから、私の気持ちとのギャップに不気味さを感じて、余計涙出た。ギャン泣き。
ちなみに、劇場版の全身黒ずくめの衣装、七分丈なのずっと気になってた。
そう!このシーン!
愛の乞食のジョンシルバーの登場のシーンと重なった!!
あの!みんなが待ち望んでいて期待されているジョンシルバーと宿六が待ち望んでいる黒い馬の登場が重なる!
まあ、登場の仕方によっては誰でもシルバーになれますから、、、
そうえば、劇場版で竹馬乗ってる人が小さい声か口パクで
「パカパカ パカパカ」
って言ってるのじわじわきた😂😂😂
ってかテントでは出てこなかった竹馬!!
めちゃくちゃ良かった!!!
テントでは一輪車がでてきていて、
それはそれでかっこよかったなァァァ!
馬が来るのを待ち望んでる宿六に、
竹馬乗った人が出てくるってどんだけ〜(IKKO?)
発想がおもろくて竹馬のシーン好きだった。
あと竹馬乗ってるときの金さんの表情も好き。
老人のまま竹馬乗って登場してきたのも好き。
とりあえず、アリババでは考えるな!感じろ!!で見ていたけど、愛の乞食では気になることが多すぎたから、宿六×ジョンシルバー×貧子×小春×万寿シャゲの関係性についてはまた別のnoteに書く!(予定)
◎堕胎児 胎内回帰願望
唐さんの作品が上演される紅テントは「子宮」に例えられてきました。あの狭い空間に満ちるエネルギーは、最終的に爆発を起こします。
この作品自体が子宮の中って考えるとほんとすごいですよね。
あと、劇場版のパンフレットにもサラッと書いてた胎内回帰願望のお話し。
胎内回帰願望って言葉は心理学の勉強してたときに聞いたことがある言葉。
今の現状から抜け出したいときや苦しいときとかに、安心感がある母親の胎内に戻りたい!って思う心理。
ちなみに、海の波の音や水に包まれる音が洋水に包まれる子宮内と似ているから、胎内回帰願望が強いと海に行きたくなったり、とにかく海を求めるようになるらしい。
この舞台上が子宮内だとしてお話を進めると、
堕胎児たちが舞台上で気持ちよさそうにスイスイ泳いでるシーンと繋がる。
貧子が老人のことを見えるようになったあと、イリュージョンのようにブランコが下りてくる。
貧子がブランコに乗りながら
「らくちん!あんた!らくちんよ!」
って笑顔で言っていた。これはもしや、、、、
貧子が英子のことを思い出したことがきっかけで胎内回帰しようとしてる、、、?と思いながら見ていた。
あ!そうそう!!貧子さんのブランコのシーン!
ブランコ乗っている貧子さんの前で、老人が回した地球儀がぐるぐる回っているんだけど、貧子さんは縦に動いている。もっと詳しくいうと、戻ったり進んだりしている。これは貧子さんの時間の動きで考えることもできると思う。
同じ時間に、
地球儀の回転運動
貧子さんの往復運動
これが同時に起こっているんですよね。
つまり、貧子さん日常の世界と幻想の世界が同時に動いている。
そしてそれがぶつかり合う、、、すごいね。
ちなみに、貧子さんの目から出ている赤い血は、老人のポケットから出し入れしていた。
老人からのなぞなぞのお話。
唐さんはこのなぞなぞのお話を「水の廊下」で話していたから、中略しながら一部だけ抜粋。
・「朝は海のなか、昼は丘、夜は川のなか、それ
はだあれ?」
→「チムチムチェリー」って曲に合わせて歌うこと ができる。
・ギリシャ悲劇に出てくるオイディプス王の話がある。そのなかで諸国を遍歴する王子をつかまえてスフィンクスが、「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、それはなあに」と聞く。
・それを唐さんなりにアダプテーションした。
→朝は海のなかっていうのは、お母さんの羊水のなかっていうこと。昼は丘っていうのは、お母さんのおなかから生まれかけた状態。夜は川のなかってのは、捨てられちゃった、川に流されて殺されちゃった、生まれなかった子供。
このチムチムチェリーにのせた曲を、貧子がへその緒で繋がれながら堕胎児が歌っている場面、鳥肌が止まらなかった。不気味すぎて。
貧子「こんなに冷たかったらお腹壊しちゃうわ」
が苦しくなった。
お母さんと子どもを繋げているものが冷たい、、、
そして貧子さんも一緒に回りだす、、、
この時宿六が必死に「おい!だまされるな!!」
って冷静だったことが印象的。
これは、1番最初にテント版で感じたこと。
メモに残っていたので、供養させていただきます。
堕胎児たちの「お父さんはいつも冷たかった(ニュアンス)」的な言葉に違和感を感じた。宿六は馬のことで頭がいっぱいだけど常に冷たい男ではないと思う。堕胎児たちは、きっと顔も知らないし実際に会ったこともない自分のお父さんのことを、世間がイメージしてるお父さんと重ねているんだと思う。
宿六たちのお家にやってきている堕胎児って、英子以外2人の子どもじゃないんだよね。
(貧子=小春で、小春は確か5回ぐらい堕胎手術していたはずだから、みんな貧子さんたちの子ども!って考えはここではややこしいから一旦パスで🥹)
そしてアリババで出てくる堕胎児たちは、愛の乞食で海賊に、、、
アリババと愛の乞食って、戯曲の時点では、ガッツリ繋がるようには書かれていないと思うけど、今回の舞台に合わせて両作品の繋がりを感じさせる演出を作ったのかな〜🥹
【さいごに 安田さん】
・宿六が日本の男を背負ったみたいな思考回路していて、それを安田さんが演じているとこが好き☺️面白い(初日感想)
・飛んだり跳ねたり、ギター弾いたり!安田さんの身体能力の高さや得意なことが生かされていてにこにこ!
・宿六のズボンだぼだぼで何回も上にあげているところ、可愛かった。
・貧子の目が大変なことになっているときに、にちゃあ〜〜って観客に笑顔向けた後、クローゼット的なところから押し入れにワープして楽しそうな宿六、大変メロでございました。
・「かんにんです」「かんにんかんにん」←日常でも使いたいぐらい愛着ある。
・もう安田坦が100億回ぐらい会話していると思うけど、貧子さんに膝枕してもらっている宿六、恋。愛。可愛い。メロ。涙。国宝。
・観客席に降りていたとき、舞台を見ていた宿六が振り返って目を細めて遠くを見ていたところがかっこよすぎた。
・唐さんの「特権的肉体論」、まさに安田さん。
・「あのよこのよ」でも安田さんの笑いで幕を閉じたけど、その時とは全く違う笑いで幕が下りて、うおおおおお(語彙力)ってなった。
他にもまだまだ書きたいことあるけど、そろそろ1万文字いくから一旦おーわり!多分追記するかもしれないかもしれない。
自分が書いているメモを誰かに話すように書くと、頭の中が勝手に読み手にわかりやすく書こうとしてくれるから整理できる😌
愛の乞食も別で書いていて、もっと長くなりそうだけど、自分が見たこと・感じたことを忘れないようにしっかり書き留めたいな。
もし読んでくださった方がいるのであれば、
ありがとうございました!!!!!!!🥹
