豊前国中津へ
用事があって大分県中津市を訪ねた。昼すぎの到着でよかったけれど、ある地点からのルートを確認しておきたいこともあって余裕をもって出発したら、昼前には着いてしまった。
空いた時間をつかって、中津城あたりを訪ねてみることにした。駐車場に向かっていたら、中津市歴史博物館の案内板が見えた。よし、そこへ行こうと思いつつ車を停め、降りた目の前には中津大神宮があった。博物館へは歩いて行けるようだから、まず土地の神社にお詣りしようとおもって境内に入る。中津大神宮、城井神社を順に参詣し、池のあたりを歩いていると、その近くの門のところから「お城に入られますか?」と声をかけられた。
ふりむくと券売機を設置した中津城の受付があった。お城に入るつもりはなかったが、ふた言み言交わしているうちに入らなくてはいけない雰囲気になった。
まあ、いいか、とおもって入城券を購入して、城の見学をした。中津城は、天正15年(1587)、豊臣秀吉の九州平定後に黒田孝高(如水)が豊前六郡十六万石を与えられて入国したことにはじまる。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、孝高の嫡男・黒田長政が東軍として戦功を挙げ、これにより黒田氏は筑前五十二万石へと加増移封された。同年、代わって細川忠興が豊前三十九万石で中津に入封している。
細川氏の治世は寛永9年(1632)まで続き、この年に細川氏が肥後へ移封されると、小笠原長次が中津に入封し、中津藩の藩主となった。その後、小笠原家の時代を経て、享保2年(1717)には奥平昌成が入封する。以後、奥平家が代々藩主を務め、明治維新を迎えるまで中津城はその居城として引き継がれた。
現在の建物は昭和39年(1964)に建てられた模擬天守で、現在は埼玉県の企業(株式会社千雅)が保有・運営を行っているらしい。造花で飾られた城内(6枚目の写真を参照)をぐるりとめぐり、5階から中津市内を一望して城を出た。博物館に立ち寄る時間はなくなっていた。
夕方、用事を済ませ、来たときと同じルートで帰途につこうとしたところで、コーヒーを飲んでからにしようと思い立った。地図をみて、近くにあったカフェまで行ってみると、駐車場がそなえてあった。市の中心部のカフェで駐車場があることに感動し(長崎ではまずない)、入店してジブラルタルというドリンクを注文した。エスプレッソに少量のミルクを加えた、ストロングなコーヒーである。おかげで帰宅するまでねむくならなかった。
途中、往路では気がつかなかった青の洞門が目に入り、車を停め写真を撮った。この場所のことについては別で記事にするかもしれない。
これからこの周辺に来ることが増える。あちこち足を運んでいろいろ見聞を広げたいとおもっている。
[ギャラリー] 使用機材:RX100m3









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