見出し画像

「物事の存在感」は自分で調整できるのか

先日、ラジオを聞いていて「存在感」という言葉が耳に残りました。
最初は何気なく聞いていたのですが、その言葉が頭から離れない。
「自分は今、何に一番大きな存在感を与えているんだろう?」
そう考えたとき、真っ先に浮かんだのが、ここ一年ほど向き合ってきた事業に関連する負債でした。

先日、ラジオを聞いていて「存在感」という言葉が耳に残りました。

最初は何気なく聞いていたのですが、その言葉が頭から離れませんでした。

「自分は今、何に一番大きな存在感を与えているんだろう。」

考えてみると、ここ一年ほど、私の頭の中には常に大きな場所を占めているものがありました。

それは、抱えている事業に関連する負債です。

ただ、改めて現状を確認してみると、実際の状況と、自分が感じていた深刻さには少し差があることに気づきました。

今回は、負債そのものではなく、なぜ一つの問題が頭の中で必要以上に大きくなっていたのかを「存在感」という視点から考えてみます。

負債そのものではなく、「先が見えないこと」が苦しかった

この一年を振り返ると、負債の存在感が一気に大きくなった瞬間が何度かありました。

  • 取引先と突然連絡が取れなくなり、報酬を回収できるか分からなくなったとき

  • 税金や経費で、想像以上に資金が必要だと分かったとき

  • 取引先の方針が変わり、これから先が見えなくなったとき

  • 物販で相場を読み切れず、損失を出してしまったとき

どれも印象に残っている出来事です。

でも改めて並べてみると、共通していたのは「負債が増えたこと」ではありませんでした。

共通していたのは「先が読めなくなったこと」でした。

未来が見えなくなるたびに、負債という存在だけが頭の中でどんどん大きくなっていたように思います。

「本当に崖っぷちなんだろうか」と立ち止まってみた

ラジオを聞いたあと、ふと考えました。

「本当に、自分は崖っぷちなんだろうか?」

そう思って、感情ではなく事実を一つずつ確認してみました。

毎月、返済は続けられている。

事業も止まらずに動いている。

万が一のときに備えられる資産も、ある程度は確保できている。

確認してみると、現実は思っていたほど悪い状況ではありません。

変わっていたのは、私の見え方でした。

負債という一つの事実ばかりを見て、それ以外の事実が視界から抜け落ちていたのです。

変わったのは現実ではなく、存在感だった

不思議だったのは、そのことに気づいただけで仕事への向き合い方まで変わったことです。

負債がなくなったわけではありません。

返済が終わったわけでもありません。

それでも頭の中の重さが少し軽くなり「今日やるべき仕事に集中しよう」と自然に思えるようになりました。

ここで初めて気づきました。

私は問題そのものではなく、その存在感に突き動かされていたのかもしれません。

存在感は、見ている事実で変わるのかもしれない

もちろん、問題を放置していいという話ではありません。

現実から目を背けることとも違います。

ただ今回の経験を通して、一つの仮説が生まれました。

存在感は、事実そのものではなく、事実をどう見ているかで変わるのではないか。

一つの事実だけを見続けると、その存在は必要以上に大きく感じられる。

でも、他の事実も並べて見てみると、同じ現実でも景色が少し変わることがあります。

今回の私にとっては、それが「返済を続けられていること」や「事業が動いていること」でした。

次は「存在感」を観察してみたい

この考え方は、お金だけの話ではないのかもしれません。

  • 人間関係

  • 仕事の失敗

  • SNSの数字

  • 将来への不安

私たちは、知らないうちに何か一つへ大きな存在感を与えてしまうことがあるように思います。

だから最近は、問題を解決する前に、一つ自分へ問いかけるようになりました。

「私は今、この問題に必要以上の存在感を与えていないだろうか?」

まだ答えは分かりません。

でも、この問いを持っただけで、見える景色は少し変わりました。

これからも「存在感」というものを、日々の出来事の中で観察してみようと考えています。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

このnoteでは、日々の出来事をきっかけに、自分なりの気づきや仮説を観察しています。

正解を伝えるというより、「自分ならどうだろう?」と考えるきっかけを届けられたら嬉しいです。

共感したことや、まったく違う見方でも構いません。

コメントで、みなさんの考えも聞かせてもらえたら嬉しいです。


いいなと思ったら応援しよう!