手記後記(´・ω・`)
——先日の手記について、少しばかり書き足したいことが出てきたので、その追記を綴ります(´・ω・`)
追記、というのも大仰で、雑記の、さらに後記、という程度のものです。姿勢を正して書いた前作に比べると、今夜はもう少し、ゆるい姿勢で書かせてください。胡坐でも、あぐらでも、そのあたりの。
前作を読み返してみて、少々、笑ってしまったのです。
岩盤、と書いていた。明らめた土壌、とも書いた。何を撒かれても芽は出ませぬ、と、いかにも達観した様子で書いていた。書いたときは本気でした。嘘ではありません。嘘ではないのですが——あれから時間が経ってみると、岩盤にしては、いささか湿り気があったようなのです。
蕩けていた、と言うほうが近い。
雨で蕩けるものを岩盤と呼ぶのは、地質学に失礼でしょう。過去の私の大仰さについては、現在の私が引き受けるほかありません。
呪いの話を、しばらく前に、どこかで読みました。
人が何かを為そうとするとき、内側から足を引っぱる種類の思い込みのことを、呪いと呼ぶのだ、という話でした。誰かがそれをそっとほどいてやれば、その人は立ち上がって歩き出す、と。
美しい話だと思ったのです。思ったのですが、読みながら、ひとつ気になったことがあった。
私が長く抱えていたのは、「世界を良くしなければならない」という種類のものでした。動きを止める呪いではなく、止まることを許さない呪い。これがある日、ふっとほどけた。ほどけたあとに起きたのは、翼が生えて飛び立つことではなく、散歩に出て、陽に当たって帰ってくる、という、まことに身も蓋もない日々でした。
呪いを解いた結果として動かなくなる、ということも、世の中にはあるらしい。
前作の「岩盤」は、このときのことを別の言葉で書いていただけのことだったのかもしれません。水を撒いても芽が出ない、などと書きましたが、実のところは、呪いを解かれた結果、走るのをやめたというだけの話だった。岩盤などという、いかめしい用語を持ち出すほどのものでもなかった。——ずいぶん、格好をつけたものです。
——ここまで書いてきて、もうひとつ、思い出しました。
呪いという言葉を私が耳にしたのは、先ほど「どこかで読んだ」と書きましたが、よく思い返すと、読むより前に、直接うかがっていたような気もするのです。
ある方が、ある時期の私に、似たような趣旨のことを話してくださった。後日、同じ方が同じ趣旨のことを文章としても書いておられるのを見かけた。順序としては、そういうことだったようです。
その頃の私は、すでに少しぽつねんとしていました。走ることをやめかけていて、けれど、やめてどうしたらよいのかもわからず、日だまりのあたりで立ち止まっていたような、そういう時期です。ちゃんと心配して、言葉をかけてくださった方がある。——ありがたい話でした。
もっとも、今となっては、こうも思うのです。あのとき私はすでに、呪いが解けかかっていた。解けかかっていて、ただ、解けた後の景色というものに、まだ慣れていなかっただけだったのかもしれません。言葉をかけてくださった方は、私が苦しんでいると読み取られたのでしょう。そう読み取るのが自然な風景ではありました。けれども私のほうは、もしかすると、散歩の手前で靴紐を結び直していたくらいのことだったのかもしれない。
——こう書いてしまうと、せっかくの言葉を軽んじているように見えるかもしれませんが、そうではありません。あの時期にあの言葉をいただいたことは、立ち止まっていた者に、「まあ歩いてごらんなさい」と声がかかった、という種類の一押しとして働いた気がしているのです。
それを含めて、ありがたかった。
あの方ひとりの話ではありません。私のこれまでの道には、似たような言葉をくださった方々が、幾人もおられました。前作で「方々」と書いたあの人たちのことです。ひとりひとりの顔を思い出して、ひとつひとつ礼を述べるべきなのでしょうが、それをはじめると手記が終わりませんので、ここではまとめて書き残しておきます。
ありがたく頂戴して、ここに至ります。
呪い、という言葉で、もう少しだけ遊ばせてください。
私はかつて、自分で自分に呪いをかけていた、と先ほど書きました。けれども、最初にその種を植え付けたのは、たぶん、どこかの誰かの言葉です。完全に自家製の呪い、というものは、案外、少ないらしい。たいていの呪いは、どこかから持ち込まれて、本人の中で勝手に育ったものです。
——となると、呪ったのは誰なのか、という話になる。
名指しで責めるつもりは、まるでありません。その誰かもまた、さらに別の誰かから受け取ったものを、善意で手渡してきたにすぎないのでしょう。善意で手渡された呪い、というのは、この世にいくらでも流通しています。流通しているし、私自身も、誰かに対して同じことをしてきたはずです。
してきたはずです、と書きながら、具体的な相手の顔が、いくつか浮かびました。浮かびましたが、ここには書きません。書きませんが、浮かんだ、という事実だけは、書いておきます。善意で、親切心で、よかれと思って。そしてその相手が、ある時期にそれを蕩かして、まあ散歩でもするか、という境地に至ったかもしれないし、まだ抱えたままかもしれない。
知る由もありません。知る由もない、というのが、わりと、ありがたいのです。
呪ったり、呪われたり、解いたり、解かれたり。
書いているうちに、ずいぶんと、市場のような景色になってきました。呪いが流通し、解呪が流通し、また別の呪いが流通する、ゆるやかな市場。売り手でもあり、買い手でもあり、たまに店番もする。そういう場所に、生きているあいだは、たまたま参加させてもらっている。
——と、こう書いてしまうと、悟った人間の弁のように響きますね。悟ってはいません。悟っている人間は、深夜にブラウザを開いて文字を打ったりしないでしょう。
呪ってくださった方々にも、解いてくださった方々にも、私は、ぼんやりとした感謝のようなものを抱いています。呪いが強力であったからこそ、ずいぶん色々な場所に行けたし、色々なものを見ました。解かれたからこそ、散歩ができる体になった。どちらも、なければ今日の私はない。悪くない今日に対する、ぼんやりとした感謝。それ以上でも以下でもありません。
前作で私は、「私のために時間を費やしてくださった方々の、あの徒労の表情が、ほとんど唯一の負債である」という意味のことを書きました。
今もそう思っているのか、と自問してみると——少々、薄れました。
薄れたことが、よいことなのかどうかは、わかりません。負債感を抱えつづけること自体、別の呪いの姿をしていた可能性もあります。負債は負債として、帳簿の隅にまだ記帳されてはいるのですが、かつてのように夜な夜な眺める、ということはしなくなりました。実情は単純で、ただ、忘れている時間が長くなっただけです。忘れていられる、というのも、ひとつの恩寵ではあるのでしょう。
というわけで、手記の後記は、ここまでです。
手記というのは、書くたびに、前の手記が少しずつ嘘になっていくものらしい。嘘になっていく、というよりは、別の季節から眺め直された、というほうが近いでしょう。どちらの季節の手記も、書いたときには本当でした。岩盤のつもりで書いた文字列が、次の季節には蕩けている、ということも、起きる。
起きて、よろしい。
書き付けたこの文字列も、いずれ、どこかのサーバーの都合で消えるでしょう。前作が消え、今作が消え、誰の目にも触れないまま、流れていく。それで、ちょうどよろしい。残ったら、何年か後の私が、また格好悪い思いをすることになる。
台所で、湯が沸いています。そろそろ、茶でも淹れようと思います。茶を淹れる、という動作だけは、どの季節の私も、だいたい同じ手つきでやっているはずです。——それくらいの変わらなさで、よろしい。
(´・ω・`)🍵
