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1000年前のモダニズム? 投入堂に見る、重力からの解放と自然への貫入

鳥取県、三徳山三仏寺投入堂。
僕がその「建築」と対峙したのは、まだ建築を学び始めたばかり、20歳そこそこの頃でした。
単なる古建築探訪のつもりで訪れた若き日の僕は、まず入山の受付で衝撃を受けることになります。
名前と住所、そして緊急連絡先を記帳する。「下山したら、必ず戻りの時間を記入してください」と念を押される。
ここは観光地ではなく、修験道の行場。つまりその記名は、万が一の際の身元確認であり、もっと言えば「生きて戻ることを誓う」契約のような儀式でした。
小一時間ほどだったでしょうか。道なき道、木の根を掴み、鎖にしがみつき、這いつくばるようにして岩山を登っていく。息が上がり、感覚が研ぎ澄まされ、余計な思考が削ぎ落とされた頃、ふと視線を上げた断崖絶壁の窪みに、それは現れました。
「投入堂(なげいれどう)」
誰が、どうやって建てたのか。
物理的な施工プロセスが全く想像できないその姿に、役行者が法力で投げ入れたという「伝説」の方が、よほど合理的だと思えてしまうほどの異物感
しかし今、改めてあの建築を振り返ると、そこには驚くほど現代的な、あるいは現代建築が未だ到達し得ない「建築の本質」が隠されていることに気づきます。

妹島和世的「軽やかさ」と構造の消去

山岳寺院といえば、清水寺のような太い柱と貫による重厚な「懸造(かけづくり)」をイメージしますが、投入堂は決定的に違います。
驚くほど線が細いのです。
あの垂直に切り立った岩壁に対し、華奢な木材がふわりと張り付いている。
柱は面取りが施され、光の陰影によって実際よりも細く見えるよう操作されています。この視覚的なトリックは、構造体の存在を消し去り、空間だけを浮遊させようとする、まるで妹島和世さんの初期の名作「PLATFORM」やSANAAの建築に通じる「透明性」や「軽やかさ」を帯びています。
1000年近く前の大工たちが、重力という絶対的な制約の中で、いかに建築を「物質」から解放するかを試みていた証左ではないでしょうか。

フランク・ロイド・ライト的「自然への貫入」

そしてもう一つ、あの建築が持つ緊張感は、フランク・ロイド・ライトの「落水荘(カウフマン邸)」を彷彿とさせます。
落水荘が滝の岩盤にキャンチレバー(片持ち梁)で水平面を突き出したように、投入堂もまた、垂直な岩の窪みに水平な床を強引に、しかし繊細に差し込んでいます。
岩を削るでもなく、隠すでもなく、岩の懐に「寄生」するように、あるいは「共生」するように。
自然の荒々しい有機的な形状(岩窟)と、人工的な幾何学(お堂の水平垂直)が、ギリギリのバランスで対峙している。
あの断崖において、たった一枚の「平らな床」を確保することの凄み。
それは、自然の中で人間がどう居場所を確保するかという、建築の最も根源的な問いに対するラディカルな回答です。

身体的アプローチもまた建築の一部

20歳の僕が感じた「わけのわからなさ」の正体。
それは、死の危険すら感じる過酷なアプローチ(登山)を経て初めて視界に入るという、シークエンスそのものの設計の妙だったのかもしれません。
物理的な「道」だけでなく、そこに至る身体的負荷と精神的変容までを含めて「投入堂」という建築なのだと。
自然とどう向き合うか、土地とどう関係を結ぶかを考えるとき、僕の頭の片隅には、あの時見上げた、岩壁に浮遊する小さな木の箱の残像が常にあるような気がします。
なぜあんな僻地に建てたのか。
その答えは、合理性を超えた人間の「意志」の美しさに他なりません。またいつか、あの記帳所に名前を書きに行かねばと思っています。

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