恋するように本を読む

穂村弘のエッセイを次から次へと手に取り夢中になって読んでいる。

君がいない夜のごはん
世界音痴
もしもし、運命の人ですか
にょっ記
にょにょっ記
整形前夜
もうおうちへかえりましょう
野良猫を尊敬した日
回転ドアは、順番に

本屋で立ち読みした、「君がいない夜のごはん」があまりにも良くて、この二週間くらいで一気に八冊も読んでしまった。自分でもびっくりしている。

穂村弘が生み出す言葉が、通り過ぎてしまうようなでも確かにこの世界に落ちている「ほんとう」や「きらきら」を掬って目の前に手品みたいに広げて見せてくれている。
好きだった、でも忘れていたあの感覚もこの感覚もここにある。そう思わせるような言葉がここにある。穂村弘を好きになってしまう女の子たちの気持ちがわかる。

言葉は魔法のようにそこで光り、青春時代に抱えていた畏れや不安は全て肯定され、ちらちらと瞬くように輝き始める。穂村弘が書く大島弓子のエピソードが好きで、何度も読み返す。

言葉に恋をするように本を読む。
瞬く間に時間が過ぎ、恋をしている高揚感そのままにその本に夢中になる。もっと知りたいという恋心から次から次へとその作者の本を探し始め、目で追ってしまう。大島という文字に反応してしまう穂村弘のように。

身に覚えがあるこのエピソードは、まだ東京に住んでいた二十代の頃の自分を見ているようで可笑しくて懐かしかった。
当時の私は古本屋で大島弓子の名前を見つけたらどんな漫画でもどんなに古い雑誌でも手に取り、それが発刊された時代にタイムスリップしたような気持ちで少しドキドキしながら大切に抱えて持ち帰っていた。

穂村弘のことを好きになる女の子はどんな子なんだろう。エッセイの中に出てくる穂村弘が恋した女の子たちの話を読んでいると、大島弓子の漫画に出てくるような女の子が現実にいるのかもしれないという可能性を感じて読みながらドキドキする。
大島弓子の『たそがれは逢魔の時間』のネームをラブホテルのベッドの中で女の子と合唱した話なんて大島弓子の漫画の世界そのものようだった。

穂村弘や大島弓子の言葉の魔法にかけられて、いつもの世界がまるで夢を見ているかのように変わっていく。現実と夢とが曖昧になり、でもそれがとても居心地が良くて戻れなくなる。
戻れなくてもいいと思ってしまうほどに夢のような世界がほんとうになり、現実の世界にいながら、どちらがほんとうなのかわからなくなる。
本を読むということは、現実世界をぐにゃりと曲げて今まで居た世界を自分ごと変えてしまうようなことで、それに気付いてしまったらもう本を読まずにはいられない。

恋した言葉をお守りのように持ち歩き、本を携え今日もまた一つ現実世界をぐにゃりと曲げてみる。

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