能面だった彼女と、首肩コリの一年
首肩コリ。
一番単純そうなこの悩みが、
その人の人生を真っ暗闇にしてしまうことが、
実は、割とある。
私自身、そこまで肩こりがきつい人ではないので、
鍼灸師にならなかったら、
肩こりの本当の怖さなんか知らずにいただろう。
しかし今、私は少なくとも3人、
首肩コリによって、
人生がずっと曇天だった人を知っている。
今日はそんな首肩コリに悩んでいた
一人のママさんの話を書きます。
「人生が」なんて言ったら、
大げさだと思われるかもしれません。
でもきっと、
ご本人たちに聞いたら、
「曇天なんてもんじゃなかった」
「土砂降り」「台風」「猛暑」
そう叱られる気がします。
その代表格が、
ここで紹介する首肩コリのママさん、
Tさんです。
Tさんは、とてもなで肩で、
首が白鳥のように長い体型。
この体型はTさんだけでなく、
お母さんも、お兄さんも同じで、
首肩コリがとても強いそうです。
Tさんの首肩コリは、
体型や骨格も含めた、
いわば「遺伝的」なものでもありました。
初めてお会いしたときの印象は、
とても礼儀正しく、上品な奥さん。
……だけど、どこかよそよそしく、
一枚、壁があるような人。
初診から一年と3か月ほど。
その間、私は、
Tさんが笑った顔を
一度も見たことがありませんでした。
笑おうとしても、
どこか悲しそうに見えてしまう。
話すときも、動くのは口の周りだけ。
我慢強く、愚痴を言う人ではありませんが、
しゃべっていても、ほとんど表情が変わらない。
悲しい、つらいという気持ちを、
ずっと押し殺しているようにも見えました。
重症の患者さんほど、
表情を変えない、見せないことは珍しくありません。
だから私は、
あまり深く考えないようにしていました。
首と肩のコリは、もちろん強烈でした。
とくに肩は、
「新しい骨でも作ったのか?」と思うほどの硬さ。
私がどれほど頑張っても、
一年近く、ほとんど変化が出ませんでした。
変化が出始めたのは、
ここ3か月ほどの話です。
Tさんは、私のところに来る前にも、
10年ほど、鍼やいろいろな治療に
通ってこられたそうです。
それでも、ほとんど変わらなかったであろうことは、
わざわざ聞かなくても、
体を触れば分かってしまいました。
今年の夏ごろには、
病院でハイドロリリースも受けられました。
それでも、大きな変化はなし。
なで肩で首が長いこの体型では、
どうしても骨格的な負担が大きい。
正直、私の頭にも、
「もしかして、もう無理なのかな」
「この骨みたいなコリは、
本当に“骨”なんじゃないかな」
そんな考えがよぎりました。
病院の治療でも難しいのに、
鍼灸に、いったい何ができるんだろう、と。
ところが、
それからしばらくして、
少しずつ、鍼の効果が出始めたのです。
それと同時に、
Tさん自身にも変化が現れました。
これまで言葉少なだったTさんが、
治療のあと、
質問をしてくれるようになったのです。
私の栄養療法の体験談や、
藤川徳美先生の本のこと。
治療が終われば、
さっと帰ってしまっていたTさんが、
自分から、話しかけてくれるようになりました。
そして何より――
あの能面のようだった顔に、
表情が浮かぶようになってきたのです。
ある日、Tさんは、
こんなことを話してくれました。
「実は私、
うがいするとき、
首の後ろを手で押さないと
できなかったんです」
上を向くのがつらくて、
首の後ろをぐっと支えないと、
うがいができなかったのだそうです。
ストレートネックのせいで。
失礼ながら、
私は思わず聞き返してしまいました。
「え、本当ですか……?」と。
小噺みたいに聞こえてしまったのです。
でもそれは、
私が、Tさんの痛みの
ほんの一割も分かっていなかった、
ということでした。
首肩コリ。
それは決して、
「単なる」不調なんかじゃない。
うがい一つできないほど、
日常を縛り、
気づかないうちに、
その人の人生そのものを
曇らせてしまうことがある。
この話を通して、
それが少しでも伝わればと思います。
今、Tさんは、
来るたびに、どんどん良くなっています。
長い時間をかけて固まってきたものが、
ようやく、ほどけ始めた。
そんな感じがしています。
Tさんのように、
首肩コリに本気で苦しんでいる人は、
きっと、まだまだたくさんいるはずです。
もしあなたの周りに、
首肩コリの人がいたら。
「たかが肩こり」なんて言わずに、
どうか、少しだけ、
やさしくしてあげてください。
※ このエピソードは、
Tさんに許可をいただいてご紹介しています。
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