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治療を正直に「つらい」と言えるようになった【がん治療日記9】

最近は「かげさんのnote読んでます」と言われるようになりました。コメントや♡、本当にうれしいです。まだまだ話したいことがたくさんあるのに更新で間が空いてしまいました。スミマセン

なぜ間が空いたかというと
抗がん剤治療がつらかったからです。

数ヶ月前からこの状態で苦しくて、今回やっと正直に言った。

がん、怖すぎる。

今まで「がん、許さん」の精神でnoteやSNSに治療を、病状を綴ってきた。

がん、コイツなんか強気なクセにめちゃくちゃ代謝悪いんですよ。増えるのにすげえ身体のエネルギーや養分使ってくる。だからがんになると痩せたり体力が落ちるのは、コイツが大したこともせずただ増えてるだけなのに、ふつうの細胞が増える何倍も燃料使ってくる。まったく度し難い。

ある日、後輩が
「この患者さん、まだ治療始まってないんですけどなんで息切れしてるんですか?がんは◯◯にある(息切れと関係なさそうな部位)けど、それは実は肺がやられてる!とかなんですか?」
と質問してきた。
「がんって燃費悪いから存在しているだけでたくさん燃料消費してるんだよ。もし心臓や肺、貧血などの所見がなかったらそのぶんのエネルギーが確保できなくて疲れてるのかもしれないね。」
と返したらハッとしていた。

がんが神経や内臓を圧迫したりして邪魔すると痛みとかの症状が出る……というのは連想できるけど、そもそもがんってやつは存在しているだけで身体を、こころを疲れさせてくる。

新人看護師でその視点に気付ける後輩、すごすぎる。きっと私よりもずっといい看護師になれる。

「がんで身体が蝕まれているところに抗がん剤で叩く」という行為はとても難しい医療行為だ。
下手すると身体が耐えられなくなったり、すきあらばで腫瘍の勢力が強くなってしまったりする。毎回投与前はモニタリングといって、身体全体の状態、症状はどうなのか、日常生活はどのくらいおくれているかを見つつ採血やレントゲンなどの検査を合わせて身体が治療に耐えられるか総合的に判断していく。そしてケモGO!の判断がされる。(ケモGOは抗がん剤投与するよという掛け声です。)

自分は医療者なので、今までたくさんのがん患者さんの治療を、最期を、見届けてきた。
どうせインターネットの海に自分の語りを放流するなら、それはエネルギーのあるものがいい。
しかし、がんになってよかったとは絶対、絶対に思わないので、「がん、許さん」の怒りのエネルギーを出そうと思った。
怒りのエネルギーで創作をして自分が生きた証を一つでも多く遺していくんだ。

そう思っていたけれど現実は非情で、抗がん剤を何度も投与して行くうちにたくさんの苦痛にめげそうになっていた。
何がなんでも生きたい人なのだけれど、初めて「死んで楽になりたい」と思うほど、用意していた薬が何も効かず、症状コントールができなくなった時もあった。

次の抗がん剤投与前にその苦痛を思い出して
まだ投与されてもないのに胃がキュッと締め付けられて吐きそうになったりしたので
主治医にロラゼパムの処方をお願いした。(抗不安薬)そしてボーッとしながら点滴のポタポタと落ちる、滴下を眺めた。それでも吐きそうになってでも救われることはないと泣いていた。もう精神がおしまいになっている。
(最近はアタPとガスターで眠らされつつ胃を気遣ってもらっている。完全に不穏患者だ)

治療をやめたいと思うほどにつらいけれど、残念ながら辞めた途端、がんの独壇場になり命が脅かされてしまう。だからやるしかないと自分を奮い立たせてベッドの中でうずくまりながら何度も思っていた。

そして、思わず抗がん剤治療の直前に、ベッドの上でつぶやいたのがあの情けないから始まる投稿だ。
正直に、抗がん剤が、がんが怖くてしょうがない
とぼやいた。

そしたらたくさんの人からコメントなりDMや連絡をいただいた。読み終わる頃には点滴が投与されていた。
怖いという気持ちを、怒りという感情で誤魔化していたのだなと思った。怖いと思えるくらいに自分の置かれている状況が理解できている。

こんなにたくさん仕事でがんの看護をしてきても
こんなにがんを、治療を怖がっている看護師な患者がいる。
でも怖がって辛いと言いながら進み続ける姿を正直に見せてもいいんだなと思ったら
すごく心が楽になった。

身体は残念ながら全然ダメなのだけれど病は気からと言うし。これでいいんだ。
そう気づかせてくれたコメントや声かけをしてくれたり応援して、見守ってくれている人たちに感謝したい。
正直になったら気持ちが楽になってよかった。

#正直になってよかったこと

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