わたしはアン・ハサウェイになりたい
私は、アン・ハサウェイになりたい。顔もだいすきなのだけれども、私がなりたいのは、映画の中で彼女が演じてきた働く女性の姿のことだ。
『プラダを着た悪魔』を観た。何度も何度も繰り返し観ている、だいすきな映画の一つでもある。
はじめて観たとき、衝撃を受けた。そのきらびやかな世界の、華々しい雰囲気はもちろんなのだけれども、きらびやかな世界の中で一人だけ、主人公のアンディだけは、ブランド品を身に付けていなかったのだ。
誰もが喉から手が出るほどに欲しいポストにいながらも、彼女は不器用で、場違いで、ファッションにも興味がない。周りから呆れられ、冷ややかな視線に晒される彼女を見て、私ならいたたまれずに逃げ出してしまうだろうと思った。
けれど彼女は、逃げなかった。戸惑いながらも、呪文のような専門用語を覚え、理不尽な要求に失敗し、涙を流して悔しがる。それでも翌朝には、昨日より少しだけ高く顎を上げて前を向く。このシーンがだいすきなのだ。
あの物語にあるのは、華やかな魔法ではなく、泥臭いほどの地道な努力と、自分を安売りしないための小さな誇りだった。彼女がシャネルのブーツを履いたのは、単なる変身ではない。その世界で戦うという、静かな宣戦布告だったのだと思う。きらびやかな世界の裏側にある、過酷な現実。あまりにも仕事量が多すぎて、理不尽なところもあったけれど、それでも、この世界にいる女性は、みんなみんなかっこよかった。自分のなりたいものは、自分で選べるんだ。
その後、すぐに観たのが、『マイ・インターン』だった。
そこにいたのは、会社を率いる女性になったアン・ハサウェイだった。うつくしかった。表情が、瞳が光を宿って、きらきらと、生き生きとしているように見えた。
自分のブランドを立ち上げ、たくさんの人を雇い、忙しい毎日を生きている。仕事は成功しているし、周囲からも尊敬されている。けれどやっぱり完璧ではない。
家庭と仕事のあいだで迷い、孤独を抱えて、ふとした瞬間に自信を失う。その心の揺らぎは、画面のこちら側にいる私と、なにも変わらない。どれほど強く、うつくしく見える女性であっても、悩みながら、傷つきながら、今日という日を懸命に繋ぎ止めている。その人間臭さに触れたとき、私はたまらなく愛おしさを感じる。
この二つの映画は、まるで同じ人生の途中みたいだ、と思う。仕事を始めたばかりの頃の戸惑い。経験を重ねたあとに訪れる迷い。どちらの時間も、人生の一部なのだと思う。そのときは精一杯で周りが見えなくなってしまうけれど、過ぎたあとに気づく、大切な大切な人生の一部。
そして気づく。私が憧れているのは、成功している女性ではなく、働き続けている、努力し続けている女性の姿なのだ、と。だから私は、アン・ハサウェイになりたい。
完璧な女性になりたいわけではない。きらきらした人生を送りたいわけでもない。迷いながら、傷つきながら、それでも自分の足で立って働き続けて、自分の人生を選び続けていく。そんな継続する勇気を持ち続けていたい。そんなふうに生きていけたらいい。
映画を観終わったあと、いつもすこしだけ背筋が伸びる。アン・ハサウェイの映画には、そんな不思議な力がある。私は今日も明日も明後日も、アン・ハサウェイの魔法にかけられて、私の戦い方を、私だけの誇りを選び続ける。
すこしだけ、強い女性になったような気持ちで。
『プラダを着た悪魔 2』が5月1日映画化されるということで、とても楽しみに生きています。
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