掌編小説|ひらひらと、ばらばらに
ゆっくりと空を登っていく。鳥につつかれてしまったら、すぐに割れてしまいそうな慎重さを持ちながら。わたしは、ほどけた。
あんなにも泣いて叫んで、わたしを欲しいと言ったのに。真っ赤なわたしは、あなたの物になった。満面の笑みで、わたしをぷかぷかと浮かべていたのに、次の目的物を見つけたあなたは、簡単にわたしを離した。指先に結ばれていた時間は、思っていたよりもあっけなく終わってしまった。最後に触れていた掌の温度だけが、まだほんのりと残っている。
空に身を任せながら、下を見る。もうどの子があの子だったのか、わたしには知る術もない。だって、車と人間が同じ大きさに見えるのだもの。
ねえ、あなたは、どうしてわたしを欲しいと思ったの。どうして、わたしは簡単に手放せるくらいの重さだったの。そよそよと吹く風はなにも答えないまま、わたしを運んでいく。やさしくて、でも残酷で、わたしには抗えない速さで。
わたしに目はないけれど、あなたが掴んでくれたことだけは、覚えている。さみしい。自我なんてないのに、わたしは感情というものを知らないはずなのに、この気持ちは、どこから湧いてくるのだろうと思う。
ふわふわと、高くなるほど、軽くなる。軽くなるほど、わたしは、わたしでなくなっていく。遠くで、鳥の影が揺れた気がした。鳥。生きている鳥。そのとき、小さく、乾いた音がした。パチン──なにかが割れる音。終わってしまう音。わたしは、わたしの丸い形を保てなくなる。自慢だった艶々とした、赤くてまんまるとした形。
赤くて、薄いものが、風にほどけていく。ひとひら、またひとひらと、ばらばらになって。
了
こちらの企画に参加させていただきました。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、作りたいと思っているZINE制作費に充てさせていただきます🐕