唸る~「マァチャンの日記帖」(手塚治虫著/毎日新聞社刊)~

終了した朝ドラ「あんぱん」で、中盤だろうか?
チラと出て来た、作品である。
「マァチャンの日記帖」
(あっ)&(オー!)。
「ブラック・ジャック」と共に、大好き。
数多ある手塚作品の中で、大好きも大好き。「~ジャック」は愛読書だが、「マァチャン~」は推し。わたしの中での位置づけだ。
よって2つの感情が、同時に現れたのだろう。
やなせたかしと手塚治虫に親交があったなんて、知らなかった。手塚と言えば「トキワ荘」。どうしても系列にいってしまう。
思うと、更に感慨が深い。
所有している愛蔵版の表紙をなでなでしたくなる。

「マァチャンの日記帖」
素晴らしい!としか言いようがない。
どこがどう?問われれば難しいが、キチンとヒト。人間が描き切れている。
善だらけでもなければ、悪だらけでもなく。
厚みがあって、感情があり、本能。好き嫌いで動いてしまいがちな性(さが)が、終戦直後。
ボロ雑巾みたいな社会に、主人公「マァチャン」の生活を絡ませ、四コマ漫画として成立させて来る。
当時、手塚は何と17歳。20歳(はたち)にも満たずして、この画力に構成力・才能だ。
「やはり人間、元々がないとね。萌芽がないとダメなんだわ」
接する度に思うと共に、(流石はわたし)
愛蔵版。少々高いが価値がある型版本を購入していた自分にも、加え、付加価値を見る。

「サザエさん」
昭和21年の漫画本と言ったら、これあろう。長谷川町子が海岸を散歩しながら、ふと思いついたのが、誕生の瞬間だ。
「お魚くわえた」「買い物しようと」アニメ主題歌でもお馴染みのサザエさん一家。
磯野さんちは庶民だ。

が、同じ昭和21年に出た作品でも、「マァチャン」は違う。
いいとこの子。可愛らしい。
アイロンでも掛かったような、きちんとした服装をしていて、ベレー帽を被っている。
おまけに親を「パパ」「ママ」と呼ぶのだ。
「パパ」「ママ」
昭和30年代の子供、わたしりひと廻り前後上の世代には、どうもアチラ流というか、馴染みのない呼び方であるようだ。
いいとこの子=親の呼び名は「お父様」に「お母様」。
それが徐々にアチラ流。
「パパ」「ママ」と流れて来たのは、所謂(いわゆる)外国製のテレビドラマの影響とナルちゃん。
現・天皇陛下が、徳仁親王と仰せであられた時代のごく幼い頃、現・上皇后様をお呼びになられていたからでもある。
当時の若い親達からも好評。
「モダンな感じ」「幼児にとって、発音しやすい」「呼ばれてみたい、お洒落じゃん」=「パパ」「ママ」呼称が浸透したと、わたし自身は考える。

昭和21年。終戦でぐちゃぐちゃ、ぐっちょん、ぐっちょん。
灰色ががったボロ雑巾みたいな世の中で、「パパ」「ママ」。そう親を呼ぶ子、子に呼ばせる親は、かなり変わっていただろう。

おまけに、ベレー帽なんぞを被っている。
終戦直後に、そんな服装をしている子供何ぞ、まずいない。
大人の目からしてみれば「かなりの坊ちゃん」「羨ましいわ」で済むけれど、子供からすれば「変わってる」
「何だか生意気そうだな、お前」
初っ端から、苛められ、叩かれる。マァチャンは、完全に苛められっ子なのだ。

パパが映画制作会社に勤めていて、ベレー帽を被る=マァチャンも被る。
親が教えたもんだから、「パパ」「ママ」。=自然、マァチャンも呼ぶ。

「変わった子供」曰く「マァチャン」。
ひょっとして手塚は、自分の小学校時代を投影していたのではなかろうか?17歳の10年前後昔の自分。8、9歳。小学2、3年生ぐらいまでの自分を。
背が低くて、頭がデカい。大きな丸い眼鏡を掛けている。
髪の毛が硬くて天然パーマで、ガチャガチャ。ガチャガチャなボーイ。
略し「ガチャボイ」。
からかわれ、歌まであった日々。その幼年版として、登場させた主人公なのではなかろうか?マァチャンは5、6歳だ。
どこがどうとは言えないが「変わった子」
周囲から見られ、虐められていた年齢の日々。
「違う星から来た人」
妹さんは表現しておられたが、家族であっても、時に感覚があったようだ。

「庶民の生活」「家族の平和」「ご近所つきあい」に主観を置いた「サザエさん」。
「変わった子供」に「変わった家族」。「モダン」より「ヘン」。
「変」が似合ってしまいそうな、とてもじゃないが時代に合わない主人公「マァチャンの日記帖」。同じ昭和21年でありながら、この差は何なのでか?

「世の中の矛盾」
努力だ、夢があればどうたら。目標があればよりも、現実。
矛盾を抱え、現実に呻(うめ)きながらも、楽しく生きると既に手塚は考えていたんだ、思っていたんだなぁと思わずにはいられない。
愛読書である「ブラック・ジャック」に共通点を見る。

#読書感想文

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