『夢は口に出すと強い』その理由
夢はいろいろあったが、小学生ごろの夢は『ピアニスト』と『小説家』だった。
『ピアニスト』は人に見せる用の夢で、『小説家』は自分だけの保存用の夢。
何度か『小説家』を口に出した気もするが、高学年にもなるとその夢は大人しく目立たない私という存在をより暗がりに放り込むことだと恐れるようになり、すっかり人には言わなくなっていった。
高校生〜大学生くらいの時の見せる用の夢、は『海外で働きたい』だった。この頃はもはや見せる用の夢が自分の人生の夢だと錯覚していたが、思い返せば英語も好きじゃなければ、湯船に入れない生活は想像がつかず、冒険もしたくないこの性分がそれを望むはずがない。
私が見せる用の夢に励む一方で保存された夢、『小説家』の夢は年齢とともに静かに明確になっていった。
小説に限らず、『書く仕事』となり、ただ人には言えない『隠し事』となりながらも心の中で細々と瞬く。
小さな炎を灯しながら、私は普通に就活し、広告代理店に勤めるようになる。
両親の影響でバリキャリOLとなって出世することこそ幸せと信じていた節があったし、書くことなど仕事になるはずがないと思っていた。そういうのはごく一部、一握りの天才がやることだと。
生活していけて、恋人がいて、そこそこ欲しい物も買える。それが私の「現実的な幸せ」であったのだと思う。
転機は結婚だった。
仕事がつまらないわけではないが、一旦『結婚』というマスに辿り着いた私は、あらためて自分のカードを見て、選ぶ必要があった。その中に、書くことを諦めないことも混じっていて、相変わらずキラキラ光っていた。
これが仕事になるのかは相変わらず懐疑的で、『夢』ではなく『趣味』という枠を用意して選んだ。30歳を目前に、いい加減自分のやりたいことをした方がいいと思いつつ、不確かなことに振り切るのは怖かった。
本当に最近のことだ。『趣味』とラベリングされた書くことを出してきて『夢』の箱に入れたのは。特別な転機などはない。日常的に書くようになると、自分に偽れなくなってきた。それだけである。
いつか書く仕事がしたい。
それを夫に言って、『夢』の箱に移した。
彼は多分半信半疑だっただろう。私に忍耐力があるとも思っていなかっただろうに、すぐにやめると思っていたはずだ。だが、1ヶ月、2ヶ月と私が飽きもせず書くのを見て、「本当に好きなんだね」と言った。「すごくいいね、応援する」とも言ってくれた。
『夢は口に出すと強い』。
自分が強くなれたかは分からないが、夫はイベントの準備を手伝ってくれたり、誤字修正を手伝ってくれたりと協力してくれている。彼は私の夫であり、ルフィにとってのゾロ、ゴンにとってのキルア、悟空にとってのクリリン。私にとってはそういう存在になった。
1人仲間ができると大学時代に、みんなで輪になって文章を読み合ったことが思い出された。
私もあんな場所を作りたいと、ふと思った。1人思想して書いたエッセイを、同じくエッセイを書く誰かと同じテーブルについてああだこうだ言いたい。
そうしたら、私は過去の何もなかった私や、同じような誰かを救えるんじゃないだろうか。
誰かとエッセイを共有する居場所を作るのが、二つ目の私の夢となった。
『夢』の宝箱の中に煌めく、「書くことを仕事にする」。その隣に、「誰かとエッセイを分かち合える場所をつくる」を新しく入れる2025年である。
