私はかつての嫉妬でできている
記憶にある初めての嫉妬は、仲良しだった友達のことを祖母がベタ褒めしたことだった。
「あの子美人ね!」
あの子のお母さんも美人だもんね、という祖母に『え、私は?』と思った。
小学生の頃、特に仲が良かった2人は目鼻立ちがくっきりしていて美人であった。ちょうど正三角形ができるくらいの場所に各々の家があったから、3人の家を順番に回って遊んでいた。うちにくると祖母は友人達が来るたびに褒めちぎった。
最初の頃は「私の家だからしょうがない」と自分を納得させていた。
友達が来ているのに、私の家で私を褒めるというのもそれはそれでおかしいだろう。
ここは大人になってあげる。そんなふうに思って、「私の友達美人でしょ」と同調した。
ただ、これは私の家だけの話ではなかった。
二人の家に行った時も、私ではない友達が褒められる。なぜ誰も私を褒めないのだろう。
もしかして、私は可愛くないのかもしれない。私は二人よりも可愛くないことを、ここで初めて知ったのだ。
悲しくて、悔しかった。ただ、昔から弱点があるなら克服せねばならないという体育会系の意気込みを持っていたので、傷ついてもすぐに行動を始めた。可愛くないのなら、可愛くなればいいのだ。
小学生なりに、頭の洗い方を変えてみたり、蒸しタオルを顔に乗せてから洗顔をした。母の化粧水を借りて保湿し、サラツヤ髪を目指すべく、洗い流さないトリートメントも買ってもらった。
ファッション誌を見ておしゃれのなんたるかを勉強して、中高生になるとセンスがいいと言ってもらえることも増えた。
小学生の頃はぷくぷくとしていて目は小さく、髪もゴワゴワしていたが、努力の甲斐あってか大人になったからなのか、今は自分の容姿に納得している。
次にはらわた煮えくりかえるような嫉妬を感じたのは、中学生の時である。
バスケ部だったが、レギュラーになれなかった時期があった。コーチは「勝てる」チームを作ろうと編成しただけだったと思うが、私はいつでも
「え、私の方がうまくできるのになんで?」
という気持ちでいた。
他の選手から技を盗めと言われても、私の方がうまいのだから欲しいものがないと思っていた。
自分の中に課題はあれど、それは自分VS自分の課題であって、他人は蚊帳の外である。なぜなら、私の方が上手いから。
きっとあの子は贔屓されているんだ。そんな気持ちもどこかあって、コーチを恨めしく思っていた。
ただ、また向上心が顔を出す。選ばれないのは悔しくて、家でもバスケットボールを触るようになった。結果としては、その後レギュラーになることはなかったけれども。
その次は、広告代理店に入社し社会人1年目の頃、ボーナスをもらった時。
寸志ではなく、達成率を加味して差配される初めてのボーナス。多分、私は同期の中でビリだったと思う。(悔しすぎて同期には聞けなかった)
もちろん自分の実力不足はあるものの、1年目というのはほぼ担当するクライアントの状況や羽振りによって達成率が決まってしまうところもあった。
私が担当したクライアントはその時経済状況が悪く、広告を縮小しつつあったのでその煽りを受けた。確か目標対比で70%以下の着地で、ボーナスの額面もほぼ寸志だった。
「運が悪い」
そう自分を納得させようとしたが、達成した同期を見るとどうしても嫉妬で心がざわついていた。
私の方が頭がいいのに。私の方がお客さんの気持ちがわかるのに。あの子のお客さんの担当だったら、ハイ達成できるのに。
「なんで運が悪いだけでこんな扱いを受けねばならないのだろう」
薄暗い気持ちが渦巻いていた。
その後、自分なりに試行錯誤したが、営業の仕事はあまり好きになれず、結果も出せなかった。3年目になるタイミングでポジションチェンジを申し出て、広告の分析担当となった。
営業時代の経験もプラスに転じて第2線にいながらお客さんの気持ちがよくわかった。
要望に応えられずに炎上している案件に加わり、『火消し』を任されることが多くなった。我ながら誠実な提案立案やプレゼンが得意だったので、そこで花を咲かせた。(逆にいうとクライアントとの飲み会で信頼を勝ち得るのは苦手だった)
転職するまで、若手ながらそこそこお金をもらっていたし、出世して一目おいてもらっていたと思う。
容姿の嫉妬心を皮切りに、今に至るまで数えきれないほど嫉妬してきた。そのほとんどが、容姿、実力を評価されないこと、不運を被ることである。
その度にどうにかしたい、このままでは終われないと嫉妬心をガソリンにしてきた。
今過去を振り返ると、いつでも嫉妬というのは家の外で起きていた。
家の中では、わがままな妹だった。面倒をかけて育ってきた。姉が精神年齢が高くて大人しかったのも相まって、手のかかる私は愛情を独り占めしていた部分がある。
かわいいかわいいと言われて育ったし、賢い賢いとも言われた。
えらいえらい。スゴいスゴい。努力家だね〜と。
そんなぬるま湯の中で可愛がられて育っていたから、可愛くて当たり前だったし評価されて当たり前、運が良くて当たり前だったのだ。
お膳立てされたステージに上がっていた、井の中の蛙。一度外に出ると、誰にも下駄は履かせてもらえない。
RPGゲームのように、生まれ育った村の外には危険がいっぱいだ。モンスターを倒すかの如く、嫉妬心を打ち倒し、時には懐柔し、目的地へと歩を進める。
外の世界を知り、嫉妬を燃やして自分なりに前進してきたことを思うと、これまで抱いた苦しい嫉妬心もあって然るべきだったと感じる。
他人の成功や能力に敏感なこの心が、ここまで私を運んできた。
そのおかげで、際立った美人にないにしても納得できる自分になれた。負けることはあっても諦めない強さを知って、そんな自分を好きになれた。運をカバーする実力が必要だと自分を奮い立たせて、仕事に真剣になれた。
30歳を迎えようとしている今となっても、人格者で美人な、非の打ち所がない人に遭遇すると途端に嫉妬心を燻らせる。
だが、この嫉妬を感じている今の自分がまた未来の自分を作っていくと思えば、この嫉妬もプラスに受け止められるのかもしれない。
今の私はかつての嫉妬でできている。
そう言葉にしても、今の嫉妬を自分の肥料と受け止めるのは難しい。
自分の人生の時間では足りないように思えるから、これからも嫉妬に頭を悩ませ続けるのだと思う。
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こちらの企画に参加させていただきました。
