不遇の蘇東坡
蘇軾・蘇東坡は、白川静が最も尊敬した人。いつか伝記を書こうと思っていたが亡くなって果たせず。
万巻の書を読んだ白川静が認めるとは、どんな人物だろう、、と思って海江田万里『蘇軾』をパラパラと。なお、海江田さんの「万里」は万里の長城から。それくらい中国に縁がある方。
蘇東坡で最も有名なのは「春夜」。
春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈
春宵(しゅんしょう)一刻 値千金
花に清香有り月に陰有り
歌管(かかん)楼台声細細(さいさい)
鞦韆(しゅうせん)院落夜沈沈
■ 蘇東坡の妓女遊びは有名だった。聖人君子ではなかった。
■ 若い妾・朝雲をこよなく愛した。と最期まで暮らしていた。ウィキによれば、朝雲はもともとは歌妓。38歳の蘇軾が12歳の朝雲を手に入れ、後に侍妾とした。蘇軾が流罪を受けても一緒にいた。享年34で逝去した。
■ 我々が「クワバラクワバラ」というのは、菅原道真の所領地「桑原」から。怨霊に祟られるから。
■ トンポーロー(豚肉の角煮)は蘇東坡が左遷時代に開発した料理。
■ 左遷に次ぐ左遷の憂き目に遭った蘇東坡は「自分の生涯の功績は、3つの流刑の地での生活にあった」と振り返っている。
艱難汝を玉にす。白川静が
思想は富貴の身分から生まれるものではない
と不気味な断言をするのも、蘇東坡の生涯を思い浮かべてのことだろう。
■ 左遷されても腐らずに刻苦勉励していた例としては、ライオン宰相・浜口雄幸を思い出す。
大蔵官僚となるも、四国あたりに左遷されて、でもそこで英字新聞と格闘して語学力を磨いていた。
余は生来極めて平凡な人間である。
唯、幸にして余は余自身の誠に平凡な人間であることをよく承知して居った。
平凡な人間が平凡なことをして居ったのでは、此の世に於て平凡以下の事しか為し得ぬこと極めて明瞭である。
修養と努力とは、自覚したる平凡人の全生活であらねばならぬ。
おまけに、内田樹の白川静評を。
内田が白川から学恩を受け、白川は蘇東坡や孔子から学恩を受け、孔子は周公から学恩を受け、、、
人間の知の営みは、学恩のリレーであるように思われる。
