北海道の浦河町で地域工務店を営む理由
〜「誰のために作るのか」という問いが、ぼくをここに連れてきた〜
ぼくが浦河に戻ったのは、32歳のときだ。
10年間、関東の現場を走り回っていた。千葉を中心に、数億円規模の団地改修や公共事業。人も金も動く、大きな仕事だった。
でも、ある発注者の一言が、ずっと頭に引っかかっていた。
「なんでこんな所に、こんなもの作るんだろうね。」
何気なく言った言葉だったと思う。でも、ぼくにはグサッと刺さった。
「誰のために作っているんだろう。」
その答えが、どうしても出せなかった。
スナックでもらった、一撃
帰省のたびに、何となく落ち着かない気持ちを抱えていた。
ある夜、地元のスナックに顔を出したとき、先代——親父が建てたイエに住むお客さんに声をかけられた。
「お前の親父は、俺が『こういう家が欲しい』と言ったら、それ以上のものを作ってくれたぞ。親父の仕事をちゃんと見ろ。」
静かな、でも重い言葉だった。
ぼくが10年かけて現場を走り続けてきた間、親父はここで、顔の見えるお客さんのために、「それ以上」を作り続けていた。
数億円の現場より、その一言の方が、ずっと大きかった。
「顔の見えない公共事業ではなく、目の前のお客さんを喜ばせる仕事がしたい。」
そう決めた夜、浦河へ帰ることを決めた。
「House」ではなく、「Home」をつくる
神馬建設では、家を「イエ」と書く。
House(箱)ではなく、Home(帰りたくなる場所)。
建てて終わりじゃない。住まい手と一緒に、ライフスタイルの変化に合わせて、育てていくもの。それが、ぼくたちの「イエづくり」の定義だ。
そして、イエはまちの「風景」をつくる。一軒一軒が積み重なって、町の顔になる。「一度出た人が、やっぱり良い所だなと帰ってきたくなる風景」を、自分たちの手でつくりたい。
「イエづくりだけではなく、風景をつくる。」
それが、ぼくがこの町で仕事をし続ける理由のひとつだ。
逃げられない町ではなく、逃げない町
「なんで浦河にいるんですか?」と、同業者によく聞かれる。
人口は1万人を切った。職人は高齢化し、担い手は減り続けている。「人手不足」を超えて、「人手不在」が近づいている。そのシビアな現実は、隠しようがない。
でも、ぼくはこう思っている。
浦河は「課題先進地域」だ。都市部が10年後に直面することを、今すでに経験している町。
だとすれば、ここは「課題解決先進地域」になれる最前線でもある。
職人が育つ仕組みをつくる。AIを現場に持ち込んで、小さな工務店の可能性を広げる。学生が「ただいま」と言って帰ってきたくなる関係をつくる。
どれも、大きな組織では動けない速さで動ける。顔が見えるからこそ、試して、直して、また試せる。
「小さなマチの小さな工務店だからできること」が、確かにある。
判断の軸は、「五方よし」
何かを決めるとき、ぼくは五方よしで考える。
相手(住まい手)よし。つくり手(職人)よし。社会よし。未来よし。自分よし。
この5つが揃わない仕事には、手を出さない。
そして、与える側であること——Giverであること——を大切にしている。情報を出し惜しまず、見返りを求めず、まず自分から飛び込む。
「巻き込むのではなく、巻き込まれろ。」それが、ぼくのやり方だ。
現状の延長線上に、未来はない
3代目として受け継いだものは大きい。祖父が根を張り、親父が守り、そのバトンを今ぼくが持っている。
でも、守るだけでは次の世代には渡せない。
「シンカ」し続けなければ。深化・進化・新化——何通りにも変わり続けること。
困難の中に成長があり、挑戦の先に未来がある。
この町で生きる選択は、ぼくにとって「逃げられないから」じゃない。「逃げない」と決めたから、ここにいる。
あなたは今、「誰のために」作っているだろうか。顔が見えるお客さんのために、「それ以上」を届けられているだろうか。その問いを持ち続けることが、ぼくたち地域工務店の強さだと信じている。
有限会社神馬建設 代表取締役 神馬充匡(じんば みつまさ)
北海道浦河町を拠点に「イエづくりはまちづくり」を合言葉に活動中
