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【お詣りいこか。】第24回 車折神社

鳴海餅本店のぽちこらむ 『お詣りいこか』。
京都に行ってみたくなる一つの理由になれば、これ幸い。


今回向かうお社は、、、

京都の観光地 嵐山の嵯峨野にある車折神社
最近では、境内社である芸能神社で知られていますが、古くからは石の霊験があらたかなことで有名で、社の小石を持ち帰って家で祀ると願いが叶うと地元の人々から崇敬を集めるお社です。

そしたら、さっそく、お詣りいこか~。

表参道入口

車折神社について

◉創祀

天武天皇の皇子である舎人親王の御子孫にあたる、平安時代後期の儒学者 清原頼業公を御祭神とする社です。

頼業公は、平安時代末期の1189年(文治5年)に逝去。
清原家の領地であった現在の社地に葬られ、廟が設けられました。
やがて、頼業公の法名「宝寿院殿」に因み「宝寿院」という寺が営まれます。
その後、足利尊氏によって嵐山に天龍寺が創建されると、その末寺となりました。
車折神社の由来は、後嵯峨天皇が嵐山に遊行した際、社前で牛車の轅(ながえ)が折れ、動かなくなったことから、ご神威を畏れ、門前右側の石を「車折石」(くるまざきいし)と呼んで、「正一位車折大明神」の神号を贈られました。
儒学が盛んになった江戸時代以降に、車折神社と呼ばれて一般庶民に信仰が広まりました。

◉御祭神について
御祭神:清原頼業公
御利益:学業成就・試験合格など

Wikipedia 清原頼業像/菊池容斎『前賢故実』より

生まれの清原一族は代々学問家の家庭で、一族の中には三十六歌仙の清原元輔や、またその娘 清少納言らが名を連ねます。
そんな中にあって、頼業公は儒学者であったそうです。

清少納言社も境内にあります

その才能はすさまじく、のちに明経博士(みょうぎょうはかせ)や、外記(げき)という、官職のなかでも最上位の役職を務めるなど有能であったとされています。
そして人柄も、誠実さと約束を違えない忠実さで知られ、学問と人徳を兼ね備えた人物として今も崇敬を集めています。
そのため、車折神社は、学業成就だけでなく、商売繁盛や良縁成就など、誠実さが求められるあらゆる願いごとにご利益があるとされています。

主な神事・祭事

◉三船祭 (毎年5月の第3日曜日)

車折神社ホームページより

三船祭は、平安時代に宇多上皇が嵐山へ御幸された際、大堰川で船遊びを楽しまれたことに由来するとされ、現在は車折神社の例祭・延長神事として昭和3年(1928年)から執り行われています。

「三船祭」という名は、白河天皇が嵐山へ行幸された際、「和歌・漢詩・奏楽」のそれぞれに秀でた人々を三隻の船に乗せ、優雅な船遊びを催したことに由来するといわれています。
御座船、龍頭船、鷁首船といった20数隻にも及ぶ船が渡月橋上流の大堰川に浮かべられ、平安王朝さながらの雅やかな光景が広がります。

なかでも見どころとなるのが、
着物姿の女性たちが川へ扇を流す「扇流し」です。
この行事は、室町幕府 初代将軍・足利尊氏が嵐山の天龍寺へ参詣した際、お供の童子が誤って扇を川へ落としてしまったことが由来とされています。
しかし尊氏は童子を咎めることなく、川面をゆったりと流れる扇の美しさを愛でたと伝えられています。

風に揺られ、水面を静かに流れていく色とりどりの扇。
その優雅な光景は、古都・京都ならではの美意識と、平安の雅を今に伝える三船祭を象徴する名場面です。

◉重陽祭 (9月9日)

重陽祭は、9月9日に執り行われる「重陽祭」は、「重陽の節句(菊の節句)」を祝う祭礼です。
平成9年に130年ぶりに再興された由緒ある神事として知られています。

中国では奇数を縁起の良い「陽」の数と考え、その陽の数が重なる日を吉日としてきました。なかでも最も大きな陽の数である「九」が重なる9月9日は「重陽」と呼ばれ、長寿や無病息災を願う特別な日とされています。

その象徴となるのが菊の花です。

菊には延寿の力があると信じられており、菊の花をお酒に浸す「菊酒」や、お風呂に入れる「菊湯」の風習が受け継がれてきました。
また、菊の香りは邪気を払う力があるとも言われています。

重陽祭では、菊の花束と餅の上に菊の花を供え、健康と長寿、除災、招福を祈願します。
さらに、冠に菊の花を挿した舞人による雅やかな舞楽が奉納され、秋の訪れを彩る厳かなひとときが境内を包みます。

摂社・境内社

◉芸能神社

御祭神:天宇受売命(あめのうずめのみこと)

毎年多くの芸能人やアーティスト、芸事に関わる方たちが訪れる「芸能神社」。
近年では、玉垣に書かれた推しの名前を見つけようと訪れるファンも多く、推し活のスポットにもなっています。

この御祭神の天宇受売命が、「芸能の神様」として祀られる所以は、日本神話における「天岩戸隠れ」がその縁起とされています。

そのむかし、太陽を司る天照大御神がなんやかんやで天岩戸とよばれる洞穴に、隠れてしまわれました。
太陽の神が隠れたことで、世界が闇に包まれ世が乱れていきます。
困った高天原の神々は、岩戸の前で舞を行い天照大御神を誘い出そうと計画を立てました。

そこで白羽の矢がたったのが舞の名手、天宇受売命でした。
この時に演じた舞踊りが、神様に奉納する歌舞である「神楽(かぐら)」の起源とされ、日本の様々な芸能が、この「神楽舞」から派生したものとされることから、「芸能の神」として祀られるようになりました。

天岩戸神話の天照大御神「春斎年昌」

そんな天宇受売命を祀る、芸能神社は、表参道と裏参道のちょうど中央に位置し、沢山の芸能人の名前で囲われています。

どこかで見たことある麦わらの何某の名も。

想像以上にたくさんの名前があって、推しを見つけるのも一苦労でした(笑)

是非、貴方の推しの名前を見つけてください♪

◉清少納言社

御祭神:清少納言

その名の通り、『枕草子』の作者として知られる清少納言を祀るお社です。
本殿に祀られる清原頼業とは、活躍した時代が少し違いますが、同じ皇別清原氏(名門の学者一族)の血を引く遠い親戚同士です。

一条天皇の皇后・定子(ていし)に仕えた清少納言は、豊かな教養と機知に富み、宮中ではその知性と機転で周囲を助けたと伝えられています。

「才色兼備」の御利益を授かる社として、祀られており女性や学問・芸術の向上を願う参拝者が訪れます。

また、代表作の「枕草子」を筆頭に、四季の移ろいや自然の美しさ、人々のしぐさや会話などを繊細な感性で描写し、物事の「いとをかし(趣がある・風情がある)」を見いだす優れた女流作家の代表として、今なお多くの人に親しまれています。

ここにきたら、ここ行きよし

◉嵐山界隈

嵐電・車折神社駅から2駅先、「嵐山」駅に到着。

平安時代には貴族たちが別荘を構え、風光明媚な景勝地として愛された嵐山。今もなお、京都を代表する観光地として多くの人が訪れます。
シンボルともいえる渡月橋からは、四季折々に表情を変える嵐山の景色を一望することができます。
春の桜、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪景色と、
いつ訪れても違った美しさに出会えます。

嵐山を訪れたら外せないのが「竹林の小径」。

約300mと続く竹林の中を歩くと、風に揺れる竹の葉擦れの音と澄んだ空気に包まれ、心がすっと落ち着くような時間を過ごせます。

実は昔の嵐山には、「タレントショップ」と呼ばれる芸能人プロデュースのお店が数多く並んでいた時代があったそうです。

私が子どもの頃に覚えているのは、「美空ひばり館」。
今の落ち着いた嵐山の雰囲気からは、ちょっと想像がつきませんね(笑)。

ほんのひと息MEMO

撮影に訪れた6月は、ちょうど夏越の祓(なごしのはらえ)の季節。
神社には、大きな茅の輪が飾られていました。

半年間の穢れを祓い、残る半年の無病息災を願う神事として、
この時期になると、神社で飾られる茅の輪。
私もくぐり、心身を清めてもらいました♪

普段の暮らしでは、こうした神事に触れる機会は意外と少ないもの。

でも、旅先や観光の途中で出会えたなら、
ぜひ一度体験してみてほしいと思います。

目には見えないものや、昔から大切に受け継がれてきた祈りにそっと触れてみること。
そんな時間が、忙しい毎日の中で少しだけ心を整えてくれることもあるのかもしれません。

ほな次もまた、またお詣りいこか。


最後まで、おおきにー。
記事でご紹介したような、日本の行事や祈りの文化。
私たちは、そんな文化に寄り添いながら、お餅やお赤飯、和菓子を通して、皆さまの日常へ、小さな“ハレ”をお届けしていきたいと考えています。
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