失敗したからこそ、人に優しくなれることがある
8%の男
― 生かされた命が伝えたいこと ―
第5話:失敗したからこそ、人に優しくなれることがある。
自分が痛みを経験したからこそ、分かる他人の痛みがある。
「大丈夫ですよ」と簡単に言えなくなった
あなたは、誰かから深刻な相談を受けた時、
「大丈夫ですよ」と言ったことはありませんか。
私はあります。
でも今の私は、以前ほど簡単に「大丈夫ですよ」
と言えなくなりました。
むしろ、即答できずに考え込んでしまうことがあります。
なぜなら、「大丈夫ではない時」の苦しさを、
自分自身が知ってしまったからです。
本当に苦しい時、誰かから「大丈夫ですよ」と言われても、
何の足しにもならないことがあります。
心の中では、「何が大丈夫なの?」と思ってしまう。
だから私は、「大丈夫ですよ」と言う前に、
その人が今、何に苦しんでいるのかを考えるようになりました。
経営者の「痛み」は決算書には載らない
税理士として、経営者と決算の打ち合わせをします。
私たち税理士は数字を見ます。
売上。
利益。
借入金。
キャッシュフロー。
純資産。
もちろん、どれも大切です。
でも、決算書には載っていないものがあります。
夜、眠れているだろうか。
社員の給与を払えるだろうか。
銀行に何と言おう。
家族には相談できない。
社員にも弱音を吐けない。
この会社を、このまま続けていいのだろうか。
こうした経営者の心の中です。
数字には表れない経営者の痛みに、どう寄り添うのか。
そのことを考える時、私は自分自身が経営者だった頃、
何に悩み、何を怖がっていたのかを思い出すように
しています。
昔の私は「答え」を言おうとしていた
税理士資格を取ったばかりの頃の私は、
経営者から相談されると、
すぐに答えを出そうとしていました。
「金利の高い借入れは減らした方がいい」
「数字から見れば、こうした方がいい」
「それはやめた方がいい」
数字から見れば、正しい答えだったのかもしれません。
でも、私はその経営者の背景まで、本当に見ていただろうか。
今は、答えを出す前に考えます。
なぜ、この人は悩んでいるのだろう。
数字の後ろに隠れている、本当の悩みは何だろう。
そう考えるようになりました。
もしかすると、これは私自身が
「大丈夫ではない側」に立ったからかもしれません。
私自身も「大丈夫ではない側」に立った
私は、これまでたくさんの失敗をしてきました。
M&Aで失敗しました。
共同経営もうまくいかなくなりました。
経営判断を間違えたこともあります。
そして、二度心臓が止まりました。
長い入院生活の間には事務所の状況も大きく変わり、
多くのクライアントとの契約を失いました。
その時、私は初めて、
それまで相談を受けていた経営者側の気持ちを、
以前より深く感じるようになりました。
数々の失敗を、
私は単なる「苦労」だったとは思っていません。
自分が弱い側に立ったことで、初めて見えたものがあった。
そう思っています。
失敗は、人を見る目線を変えた
以前の私は、経営に失敗した人を見ると、
「なぜ、もっと早く手を打たなかったのだろう」
と思うことがありました。
でも、自分が失敗して分かりました。
分かっていても、決断できない時がある。
正しいと思っていても、動けない時がある。
経営には、いろいろな事情が絡み合っています。
商品が売れない。
社員がいる。
人を採用できない。
家族がいる。
資金繰りが厳しい。
借入金がある。
取引先がいる。
そして、将来が不安になる。
経営者の決断は、教科書どおりにはいきません。
以前、資金繰りに悩む経営者から
相談を受けたことがあります。
数字だけを見れば、人員削減も選択肢として
検討しなければならない状況でした。
昔の私なら、数字だけを見て、
「人を減らすしかありませんね」
と答えていたかもしれません。
でも、その社員にも生活があります。
家族がいます。
そして経営者には、
「できることなら、人員削減はしたくない」
という思いがありました。
数字だけを見れば、
人員削減という結論にたどり着いていたかもしれません。
でも、経営は数字だけでは決められない。
私はすぐに答えを出すのではなく、まず話を聞きました。
「社長は、本当はどうしたいのですか?」
私は、数字に表れない経営者の本音を聴こうとしました。
「なぜ、そんなことを考えたのですか」と責めるのではなく、
「なぜ、そうせざるを得なかったのだろう」と考える。
数字が示す答えと、経営者が求めている答えは、
必ずしも同じではありません。
人の痛みが分かることも、
人生で手に入れる大切な財産なのだと思います。
「正しい答え」より、「一緒に考える人」
経営者が本当に必要としているのは、
正しい答えを言ってくれる人だけでは
ないのかもしれません。
一緒に悩んでくれる人。
寄り添ってくれる人。
そして、一緒に前へ進んでくれる人。
税理士だから、税金だけを見る。
M&Aアドバイザーだから、企業価値だけを見る。
経営コンサルタントだから、利益だけを見る。
フードアドバイザーだから、利益率だけを見る。
マーケターだから、フォロワー数だけを見る。
私は、それだけでは足りないと思っています。
数字を見る。
でも、その数字の向こうには、必ず人がいます。
売上の向こうには、お客様がいる。
人件費の向こうには、社員とその家族がいる。
借入金の向こうには、経営者の決断がある。
そして、決算書の向こうには、経営者の人生があります。
だから私は、
「その数字の向こうにいる人を見る。」
そんな税理士でありたいと思っています。
失敗したからこそ、人に優しくなれることがある
もちろん、成功した人が優しくないという
意味ではありません。
成功することは素晴らしいことです。
私も、成功したいと思って仕事をしてきました。
でも、自分の人生を振り返ると、
私に人の痛みを教えてくれたのは、
成功よりも失敗だった気がします。
失敗したから、悩んでいる人を笑えなくなった。
挫折したから、
立ち止まっている人を急かさなくなった。
自分自身が「大丈夫ではない側」に立ったから、
簡単に「大丈夫ですよ」と言えなくなった。
そして、命を失いかけたからこそ、
目の前にいる人の人生を大切にしたい
と思うようになった。
失敗したからこそ、人に優しくなれることがある。
そう考えると、
私がこれまで払ってきた「人生の授業料」も、
決して高すぎなかったのかもしれません。
そして今度は、その授業料から学んだことを、
誰かのために使いたい。
それが、生かされた私にできる仕事なのだと思っています。
人の痛みを知ることができたのなら、
その痛みを誰かを支える力に変えていきたい。
今日の一言
失敗は、人を弱くするだけではない。
人の痛みが分かる人にもしてくれる。
