【掌編】カワセミ
ゆっくりと河原の石を握り、その冷たさを確認した。それは石切りをするには厚く、墓にある砂利よりは大きく、砂浜にある透明感のある石でもなく、河原にしかないような朴訥とした鼠色の石だった。
「ー先月、S県H市の河川敷で少年が死亡しているのが見つかった事件で」
夕方。学ランを着の身着のまま河原に訪れた。川のそばは湿った生臭さが漂っており、少しも綺麗さを感じられない。
小学校の総合学習で「地域を調べよう」というテーマのとき、カワセミの写真を撮影することにしたことを思い出す。川で遊んだときに見たあの宝石のような鳥をまた見たくて、ある日曜日に一日中河原でカワセミを探すことにした。
「警察は近隣に住む少年たちが関与した可能性があるとして、詳しい経緯を調べています」
同じクラスの星野が「俺も一緒に行っていい?」と勝手に河原に現れて、レジャーシートの上でただ流れる臭い川を二人で眺めた。「カワセミなんかいねえじゃん」と星野がニカっと笑ったすきっ歯は、先端にごはんですよの海苔がついているみたいに黒ずんでいた。
「警察によりますと、先月8日、S県H市の河川敷で少年が倒れているのを通行人が見つけ、通報しました」
地区もグループも違う星野とは、それまでほとんど話したことがなかった。あの日はポテチやパイの実を持っていったのに、星野はうまい棒と蒲焼さん太郎を数個持ってきただけだった。
「ちょうだい」も言わずオレのお菓子に目を輝かせ奪い取る姿は、まるで親戚の小さい子のようで怒る気にもなれなかった。
「少年はその後、搬送先の病院で死亡が確認されたということです」
星野は両親が離婚していること、お母さんがある日出ていったこと、おばあちゃんと弟と三人で暮らしていることを教えてくれた。「母ちゃんはほとんどマックばっかりだったけど、逆にばあちゃんは茶色いメシばっか」と嬉しいのか嬉しくないのかわからない笑い方をしていた。「ふうん」と返事をしたオレは、なんで星野がここに来たのかさっぱりわからなかった。
「警察が当時の状況や周辺の防犯カメラの映像などを調べたところ、現場付近で少年と接触していたとみられる近隣の高校生3人の存在が浮かび上がったということです」
適当な薄い石を探し、向こうの河岸まで8回飛んだ石を眺め、学ランに汚れがあるのに気づくがそれもなんだかどうでもよくなって座り込む。
「お前さぁ、頭いいのに石切りは下手くそなんだな」
星野は、小さい頃お父さんに教えてもらった石切りだけは誰よりも上手なんだと得意げに笑っていた。頭も悪くて忘れものばかりで徒競走もビリの星野に負けるのが悔しくて、何度も一人で河原に来て石切りを練習した。
「よく見てろよ。父ちゃんに教えてもらった通りにやるからな」
「警察は何らかのトラブルがあった可能性もあるとみて、当時の状況や事件に至った経緯について慎重に調べを進めています」
瞬間。水飛沫が上がり、星野が投げた石ではなく、青い何かが目に入った。
「……おい! デジカメ! あぁ、デジカメデジカメ!」
まるで願い事を言い終わる前に流れ星が落ちていくように、それは、カワセミは飛び去っていった。
オレはデジカメに手をやる暇もなく、ただ呆然と立ちすくした。
「めっちゃ青だったな」
「…な。そうだな」
それは、妹のシール帳にあるキラキラシールよりも、おばあちゃんが従姉妹の結婚式で着けていたパールのネックレスよりも、大洗の海で見た夕陽よりも、何倍も強烈なものだった。それ以降、星野と話した記憶はない。
尻に冷たさを感じ、立ち上がってイヤホンを外す。それでもイヤホンの先ではラジオニュースが途切れることなく流れている。
「…ねぇ、君ちょっと話聞いてもいいかな?」
肩を叩かれ、振り返ると記者風の妙齢の男が立っていた。
「君さ、高校生? その学ランじゃ市内の高校だよね。加害者の一人がこの辺の家って聞いてさぁ…」
「いや、なんもわかんないっす」
男は少しだけ頷いて、すぐに視線を外した。
一瞥した河川敷の向こうの土壁に、青さを捉える。
「あの、カワセミ探してただけなんで」
「はぁ」
風が吹いて、端がわずかにめくれた。
鈍い青色のブルーシートだった。
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