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週報#41 2026_0406~0412


4月6日(月)「101回目の、あとひと息」

昨年の秋から準備にとりかかり、1月から本格的にスタートして1月・2月に取材、2月・3月に原稿執筆と英語翻訳、3月にデザイン作業を進めてきたENJOY KYOTO京都府版の2025年号。もともとは今日ようやくにして入稿、となるはずだったのだけど、細かな訂正やデザインの確認事項がまだまだ多く、けっきょくは延期ということになった。

データ入稿前の校正作業、とくにこの冊子の場合は、母語ではない英語の原稿ということもあり、しかも総計28ページもあるので、かなり神経を極限まですり減らす作業になっている。先週はその極限状態を1週間に渡ってずっと維持しながらの日々が続いていただけに、今日それがやっと終わると思っていたところでのこの延期はちょっと落胆が大きかった。

とはいえ、ここで集中の糸が切れるとこれまで積み上げてきたものが一気に誤解する恐れがある。それは長年コピーライターという仕事をしてきた経験のなかで身に染みて学んできたこと。あとひと息、あとひと息、と自分に言い聞かせてきたのははたしてこれが何度目だろうかと思うが、いまこそ「あとひと息」、持ちこたえねば。


4月7日(火)「朗報であり、悲報でもあり」

ベランダのさくらんぼが、いよいよ花を咲かせた。「わが家の開花宣言」ということで、いくつか花を咲かせる花があるわが家のベランダでいち早く花開いたのがこのさくらんぼということになった。

さて、例のENJOY KYOTO京都府版は、いくつかの課題だった箇所の訂正はほぼほぼ直しきれたものの、まだ最終確認が必要なことや表紙に関する急なやり取りなどもあって、どうも今夜の入稿も難しそうな情勢に。あんまりドタキャンでの入庫キャンセルが続くのも、こちらも神経を擦り減らすし、印刷会社さんにもご迷惑、ということで思い切って金曜まで入稿を伸ばすということでいったん区切りをつけて、じっくり準備することに。

早く終わって楽になりたいという焦りの気持ちと、時間ができたことで丁寧に確認作業ができるという安堵の思いが交錯しているという複雑な心境ではある。やれやれ。


4月8日(水)「ENJOY KYOTO WEBをなんとかしたい」

ENJOY KYOTO WEB についてのミーティングのため、烏丸五条にあるデザイン事務所デイアライブさんへ。

ENJOY KYOTOは2013年に創刊。以来さまざまな人、企業、お店などを取材して京都の文化を海外に紹介してきた。それもぼく自身が立ち上げたメディアだからこそできる一貫して独自性の高い視点で深掘りした記事と、そこに質の高いネイティブ翻訳家の英文を組み合わせたことで、いわゆるクーポンマガジン的な、あるいは人気のお店やスポットを紹介する観光情報冊子とは一線を画した、「フリーペーパーにおけるクオリティ・ペーパー」という自負を持って骨太な記事を提供してきた。その結果、メインの読者である外国人観光客はもちろんのこと、取材先さんや関連する京都の企業・団体、職人やアーティストなどの間でも評価をいただき、また京都府さんや京都市さん、京都の観光協会さんからも公式の観光冊子として海外で開催される催しや海外向けのイベントなどにも使ってもらうようになってきた。

しかしその記事の持つ魅力やブランドパワーを活かす最大のイベントとなるはずだった東京オリンピックが、世界的なコロナウイルスのパンデミックによって海外からの観光客を受け入れないという形での開催となり、それ以降も海外観光客が戻らないまま2年の歳月が経過し、結果的にはコロナ禍が終息する前に一時休刊ということになった。

コロナ直前からウェブの活用についての検討をしてきた矢先での休刊だったということもあり、コロナ終息後もなんとなくウェブの活用に関する動きは鈍いまま時間だけが過ぎていた。

その間にインフルエンサーのKaaiさんと一緒に「ENJOY KYOTO COMMUNITY」というイベントプロジェクトなんかもやってはみたものの、継続にはさまざまな障壁もあり、こちらもいまはいったん休止している状況だ。じつは参加いただいた方々やその活動を知った多くの人々からも、いい取り組みですねという意見をいただいてはいたのだけれど。

というわけで、さすがにそろそろ本腰入れないといけないなということで、大きな枠組みをもう一度考え直すところから始めている。こちらの動きもまたここで紹介していくので、チェックして応援いただければと思う。


4月9日(木)「受講生112名の衝撃」

今日は京都外国語大学へ、いよいよ来週に迫った「日本語のスキル」という授業のための打ち合わせに。京都外国語大学日本語学科教授の長濱先生からおもむろに告げられたのは衝撃の内容だった。それは、なんと授業の履修登録者数が112名という事実だった。さすがにちょっと慄いた。てっきり10人くらいだろうと思い込んでいたものだから、フィールドワークをやったり、取材に連れて行ったりしよう、くらいになんとなくぼんやり考えていたのだけど、この人数を引き連れてそうしたプログラムを実施するのは不可能だし、座学でも耐えうる授業を急遽しっかり組み立てないといけないということが判明したのだ。これはヤバいぞ。

4月10日(金)「ついに、ようやく、入稿」

ほんとうにいろんなことがあったこのENJOY KYOTO京都府版も、いよいよ、ようやく、入稿という運びになった。印刷が仕上がって配布が始まったら、またここであらためてそれぞれの記事について。セルフレビューとして解説してみたいなと思う。

とにかく今夜は開放感がすごい。年が明けてからずっと両肩にずっしりと乗ってきた重みがようやく取れて、なんというかやっと2026年を迎えたといったような気分だ。そしてなによりビールがうまい。今夜は何もかも忘れて、しこたま飲んで、たっぷり寝る。

4月11日(土)「心が軽くなった午後と、心が重く沈んだ夜更けと」

仕事のことをまったく考えなくていい朝、というのはいったいいつ以来だろうか。ほんとうに、ほんとうにひさしぶりの、それこそお正月いらい丸3ヶ月ぶりの休日の朝だった。ベランダに出ると、さくらんぼのもうひとつの別の木も蕾がついていて、しかもたくさん花が咲きそうだということに気づいた。なにか楽しい予感のような嬉しい気持ちになる。

夕方からこちらもひさしぶりに髪を切る。心がスッキリ軽くなったのと同じタイミングで、髪の毛もスッキリ軽くなった。

と、夜になってナオヒロック死去のニュースがネットで流れていた。ナオヒロック自体はそこまで追いかけていたわけでもないし、思い入れがあるわけでもない。ただ90年代にかなり聴き込んだスチャダラパーのアルバムや彼らのイベント、出演する番組などで独特の存在感を発揮していた人だったし、なんとなく90年代東京の空気感、Little Bird Nationのあの独特のゆるさを体現する存在だったようなところはあって、しかもまだお若いということもあって、なんとなく心の柔らかいところにずしっと沈み込んでくるようなニュースではあった。


4月12日(日)「言葉は本当に先に音声言語から生まれたのか?」

きのうはようやくにしてひさしぶりの完全オフの日で、今日も日曜日ではあるのだが、早速にして今日から、いよいよ今週水曜日に迫った授業の準備。というか最初の授業はほぼほぼ自己紹介になるので、その次の週から始まる最初の本格的な座学的授業で扱うことになるテーマについて考えていたのだった。

そこでふと「言葉は本当に先に音声言語から生まれたのか?」という根本的な疑問について考えていた。きっかけはXに流れてきたこのポストだった。

ヴォネガットらしい語り口に、ヴォネガットらしいエピソードだ。彼曰くということだがこの気持ちは書くことが好きな人、とりわけふだんから「書き言葉でものを考えるクセ」がある人にとっては自明のことだと思われる。このあたりは「日本語のスキル」の授業でぼくが伝えたいテーマとの親和性も高いし、手紙というモチーフもまさにぴったりなので、このタイミングでこのポストに出会えたことは天啓のように感じた。ひさしぶりに「チャンピオンたちの朝食」を読み返そうかな。

というわけで、今週はようやくにしてENJOY KYOTO京都府版という重石が外れた開放感と、112名の受講生に応える授業を考えださねばというプレッシャーが交錯する1週間だった。来週からは落ち着いて仕事と生活に向き合うことができるので、この週報の内容もまたちょっと変わってくるかもしれない。お楽しみに。

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