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自分が劣等感・自己否定を感じてきた理由を深掘ってみた

幼少期からずっと怒られてきた記憶。
姉に比べられてた記憶。

本人は覚えていないけれど、おそらく発達障害の傾向が出てたんであろう、
「普通」ではいられなかったらしい。

母親には「やればできる」と言われつづけた。

それは「やらないとダメな子」の裏返しでもあった。

怒られて納屋に閉じ込められたことを覚えている。

学校でもよく忘れ物をしたり宿題ができなかったりして怒られた気がする。
勉強もできなかった。

かけ算ができなくて、放課後残されて勉強会に参加したとき、仕組みや記号の意味がやっとわかって視界がハッキリしたときに「そういうことか!」と喜びの声を上げたら、「そういうことか!じゃないわよ!」と怒られた。

たまに先回りして発想を発揮したら、「手順通りやりなさい」と怒られた。

中学校に入ってからも怒られた。
忘れ物が多くて、「生きる資格がない」とまで言われた。

ここまで「怒られた」と5回も書いている。

「怒られるしかなかった」歴史が、自分はダメな子と思わせるに十分だったのかもしれない。

居場所は友達の家と友人関係。笑うことができたのは、家、ではなく友だちのところ

お陰で明るく過ごすための方法やスキルを身につけて、「明るい人」になり

半端に勉強して高校でトップクラスに入ったおかげで「半端な自尊心」を身につけ

大学生になれた。けれど片付けはできないし時間のコントロールはできないから提出物も間に合わないから、単位はギリギリ、卒論は間に合わず留年した。

バイトでは「マルチタスクができないと社会で通用しないよ」と言われたが、その時に発達障害ということばがあれば早期発見できたかもしれない。

おそらく自分は自分に過度なハードルのある教育業界へと足を踏み入れ、どうしていいかわからないマルチタスクの波にのまれまもなくうつ病になった。

ずっと自分を責めていた。自分がきらい。自分がいなくても世界は回る。なんで生まれてきたんだろう。自己否定の数々。

劣等感を埋めようと一生懸命やれることをやってきた歴史はあったけど、
永遠に自分を認めることはできなかった。ずっと、何か自分を証明しなければならない思いに駆られていた。

そう、「私は普通の人」だと

いま、障害者雇用を目指して就職活動をしているが、正直、自分が障害者だと認めてそのように活動することに安心している自分もいる。

もう
戦わなくてもいいのだと

きっと 安心している

さらに深掘るために、ここまでの文章を、ChatGPTに読み込ませてみたら、次のようにまとまった。

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