見出し画像

テナー・サックスの父「コールマン・ホーキンス」

ジャズ喫茶バリレラのおいちゃんです。

こんにちは、今日は、テナー・サックスのレジェンド、"テナー・サックスの父" とも言われている人です。

今日のサックス奏者は、この人です。コールマン・ホーキンスという人です。コールマン・ホーキンス、1904年生まれです。そして、意外と早く亡くなります。
65歳です。65歳というのは、人の人生としては、短い方ではないかと、私は思います

65歳、そして、彼の経歴を少し申し上げますと、1904年に生まれて、1920年代半ば、23年24年とか、そういった頃ですね。
フレッチャー・ヘンダーソン(Fletcher Henderson)という、これまた、ジャズの源流を辿っていくと、この人に当たるというレジェンドがいました。
自分の楽団を率いて、バンドリーダー、ピアニスト、コンポーザーとして、活躍した人です。

このフレッチャー・ヘンダーソン楽団に、コールマ・ホーキンスは、20年代半ばから、30年代半ばまで、10年近く在籍していました。
この楽団からは、後に有名になるいろいろなプレイヤーが、輩出されました。その中には、ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマンもいました。

そして、コールマン・ホーキンスは、ヨーロッパへ行くんですね。ヨーロッパの各国を回ります。ウェルカムな環境が気に入り移住します。そして、1939年くらいにアメリカに戻ってきます。
その後もたびたび、40年代50年代60年代とヨーロッパに行って、また、長期間滞在しました。
それほど、黒人ジャズ・ミュージシャンにとって、ヨーロッパは受け入れてくれる、差別されない土壌と感じ、多くの名だたるプレイヤーが移住したりしました。

私が、ヨーロッパ旅行した時に、レコード店を回ったんですけれども、コールマン・ホーキンスとか、ルイ・アームストロングとか、レコードの棚に彼らのレコードが多いのに気づきました。
つまり、そういったヨーロッパの国々では、彼らはリスペクトされていて、非常に影響を与えたミュージシャンなんですね。

今日ご紹介する、このレコードは、優れたコンピレーションアルバムです。一つ一つ探していてはですね、見つからない、そういった音源が入っているわけです。
「Keynote」というレコード・レーベルの78回転のSP盤から、1944年の有名な音源を編集したものです。

1944年、彼は40歳で、非常に、忙しく充実していた時期です。
コールマン・ホーキンスは、ただ単なるクラシックな人ではないです。モダン・ジャズにもですね、目を向けているんですね。セロニアス・モンクもグループに入れて、活動もしてました。
その関係からか、後に、モンクが「Monk's Music」という自分のレコードに、コールマン・ホーキンスのソロ・リードを用意して招いているんですよね。
そういった、モンクならではの、ホーキンスへの感謝、敬意を表しているわけですね。

新旧のジャズ・プレイヤーの架け橋にもなった、コールマン・ホーキンス、みなさんも一度聴いてみてください。

ジャズはいいよ!

いいなと思ったら応援しよう!