2025年4月7日に想う
【覚書として】
2025年4月7日
3年目イサトさんのご命日に。。。

“ソロギターリスト”
というとナイロン弦のクラッシック音楽を演奏する人の事だった。
そして、ギターの教則本と言えば“古賀政男”楽器店には並んでいたのはナイロン弦のギターばかり。
そんな中で現れた下敷きを、貼ったようなギターに鉄製の弦を張ってジャカジャカ鳴らして歌を唄う姿にワクワクした。
中学になり兄の部屋にあるギターを触るようになり鉄弦のギターにどっぷり。。。
関西フォーク(春一番)からフォークにハマり。。。
小室等さんから吉田拓郎にかぐや姫。。。
更に高校生になって更にその熱は高まるばかり。
そんな中に唄の伴奏というイメージのギター中で現れた1枚のアルバムにはショックを受けることになる。
改めて“中川イサト”と言う名前を認識したアルバムでもありました。
そこから様々な海外のギターリストを知る事になりました。
学生時代は“ザ・ナターシャセブン”に代表される【京都フォーク】の世界にどっぷりハマる事になります。
そこで更に様々なジャンルの音楽に触れる事になりました。
そこから時はながれ。。。
ギターが大好きで1998年に始めたweb【5th Street】
アコースティックギターのこだわりを話し合う【手で更新する】掲示板。。。
まだまだアナログモデムの時代でした。
それが大きく私の人生を変えてしまう事になります。
web を通して年2回のオフ会と“岸部眞明”さんと共にギターリストをゲストを迎えてのコンサートを開催していました。
その活動でさまざまな人達の交流で色々なライブに行く機会も増えてそれに伴いさまざなストレスが増えて行くのです。
それはピックアップのサウンドでした。
マイクを使わずジャカジャカ弾くギターの音にとても抵抗がありました。
ハコのサイズに関わらず。。。
普通にマイクを立ててコンサートをしていたナターシャセブンのライブを観ていた私にはマイクで音を収音せずにギターを弾く姿に疑問しかありませんでした。
そんな中で独特のサウンドを追求されてたのが“中川イサト”さんでした。
ライブに伺ってピックアップについて質問した時に名前を言うと。。。
「おお!君が前田くんか!web全部みとるで‼︎」と。。。
その一言のあと。。。
パンドラの箱を開けてしまったかのようにイサトさんとギター音楽の世界へ引きずり込まれてしまいました。
坂庭省悟さんが大好きで省悟さんのライブにも通っていました♪
イサトさんも参加される“都雅都雅”で開催される年末の2daysのライブ。。。
そして後に1日の八時間に変わり開催されるよになりました。
そこでもギターサウンドの話。。。
そして演奏ができる場所の話になります。
そのタイミングで好きだったシグナルの“住出勝則”さんの帰国が重なり。。。
※住出さんがソロギターリストになってい事にびっくり!
2003年の8月吹田にライブスペースとしての【5th Street】を開く事になります。
その店運営やコンセプトはイサトさんに相談して色々とアイデアを頂きました。
オープンステージの3曲回し。。。
今では当たり前の様に行われていますが、この【3曲セレクト】どの曲をどう演奏するかがミソとイサトさんの提案でした。
店をオープンした頃はイサトさんは丁度“ワールドツアー”と題し世界中のギタリストを精力的に日本に紹介している頃でした。

そんな中の一コマ
2004年8月28日
ミュリエル・アンダーソンさんを招いたイサトさんのライブ
その時の事を記した日記が店に飾ってあります。
※奥さまから“うちに”と丁度しました。

この時リハーサルで私はミュリエル姉さんの横に、イサトさんは卓席でイコライザーを自ら操作されていました。
【This is flat!this place sounds.】
ミュリエル姉さんの言葉は今でも忘れません。
そして。。。
え!
こんなに切らない。。。
そして。。。
こんな所きるんだ。。。
ただ単にフラットと言ってもそこのハコの特性を考慮してグランドを作るのは基本中の基本なのですが。。。
アコースティックサウンドにとってのフラットとバンドサウンドのフラットの違いを思い知る事とになるのです。
それはイサトさんにとっても私達スタッフにとっても大きな学びの場でした。
この夜ミュリエル姉さんをホテルに送った後、朝までアコースティックギターサウンドについて語り明かしたことは言うまでもありませんでした。
そんな事を思い出しながら。。。
その日記に目を通す事がありました。
それは。。。
3階のスピーカーシステムを入れ替えて【柿落とし】のライブを“押尾コータロー”さんのファンクラブライブで開催する事ができたからです。
下の写真はそんな話をしながらコタちゃんと“イサトさん”の日記を挟んで三人?での記念写真

コータローちゃんとはファンクラブライブの2日間、イサトさんとの想い出話で話が途切れないくらい。。。
お互いにイサトさんネタにはキリがありませんでした。
これは、私にとっては大切な写真になりました。
吹田の柿落としは
“中川イサト”さんと“住出勝則”さん
堀江の柿落としは
“諸口あきら”さん
屋上の柿落としは
“金森幸介”さん
そして2025年この4月
2階と3階のスピーカーシステムを完全に入れ替えました。
その初使用(柿落とし)
2階は
“デェイプ・ダコタ・ハル”さんと“ザビエル大村”さん
3階は
“押尾コータロー”さん
それぞれに記念すべき日になりました。
そのライブを無事に務めての日曜日に書類の整理をしているとイサトさんとの思い出のものが沢山出てきました。
イサトさんの追悼ライブをした時のモノも含めイサトさんの手書きの周波数特性を書いたモノやら吹田時代のサイン入りのポスター等々。。。
これどこかに飾らねば。。。
5th Street 生まれて27年目。。。
いまだに。。。
【中川イサト】さんの音がうちのサウンドベースにある事をしみじみ思うのです。
イサトさん
もうしばらく。。。
アコースティックサウンドの出せる場所としてここを護っていきたいのでしっかり見守っていてください。
お願いしますね。
