誰の責任も問われないまま、終わらせてはならない——辺野古沖転覆事故と、知華さんの命に向き合うということ
辺野古沖の船舶転覆事故をめぐり、知華さんのご両親が記者会見を開かれた。
お父様の言葉は、何とか聞くことができた。
深い悲しみの中にありながら、感情だけに流されることなく、事故の真相を明らかにしてほしいこと、学校側を含めた責任を検証してほしいこと、そして同じ事故を二度と起こしてほしくないことを、丁寧に言葉にされていた。
その姿を見て、あらためて立派な方だと感じた。
一方で、お母様の言葉には、僕自身の心が追いつかなかった。
我が子を失った母親の言葉を、外側にいる僕が簡単に受け止められるはずもない。途中から、まともに聞き続けることができなかった。
ご両親の本当のお気持ちを、僕が代弁することはできない。
ただ、会見や、ご家族がこれまで公にされてきた言葉に触れる中で、この事故が誰の責任も問われないまま片づけられることには耐えられないという、切実な思いを感じてきた。
何度も止める機会があった
その後、学校法人同志社が設置した第三者委員会の調査報告書が公表された。
報告書から見えてくるのは、この事故が当日の一つの判断ミスだけで起きたものではないということだ。
教育旅行として実施してよい内容だったのか。
現地での活動実態を、学校は十分に把握していたのか。
船の登録や安全性は確認されていたのか。
過去の危険情報は共有されていたのか。
生徒や保護者への説明は十分だったのか。
当日の海況で出航してよかったのか。
引率教員は、なぜ生徒と同じ船に乗っていなかったのか。
危険を止めるための関門は、いくつもあった。
知華さんのご両親は、報告書へのコメントの中で、何度も止める機会があったのに、そのすべてが素通りされてきたことへの、やりきれない思いを記されている。
この言葉が、事故の本質を表しているように思う。
知華さんは変更を希望していた
報告書では、知華さんが一度、辺野古コースからの変更を希望していたことも明らかになった。
変更希望者は51人に上り、知華さんは抽選に外れ、辺野古コースに残ることになったという。
ご両親は、その事実を報告書で初めて知った。
そして、
この点については、まだ心の整理ができていません。
と記されている。
この一文の前で、外側にいる僕たちが軽々しく言葉を重ねることはできない。
ただ、事故当日の安全管理だけではなく、知華さん自身が示した意思を、大人たちはどう扱ったのかという問いも、決して曖昧にしてはならないと思う。
一人の女の子の人生があった
事故を安全管理や制度の問題として考えることは必要だ。
けれど、その言葉だけで語っていると、失われたものの大きさを見失ってしまう。
危険を止めるための関門がいくつも用意されていた。
それにもかかわらず、組織全体がその関門を通過させ続けた構造の中で、家族の深い愛情に包まれて生きていた、一人の女の子の尊い命が奪われた。
知華さんには、家族との日々があり、友人との時間があり、これから歩むはずだった未来があった。
彼女は、事故の教訓になるために生きていたのではない。
だからこそ、その命を「不幸な事故だった」という言葉だけで閉じてはならないのだと思う。
僕にできる形で寄り添う
ご家族の心情を、僕が語ることはできない。
それでも、お父様、お母様、お姉様が公にされた言葉を受け取りながら、僕はこの事故についてnoteやSNSで発信してきた。
僭越ながら、その切実な問いに、僕にできる形で寄り添いたいと思ったからだ。
誰かを断罪したいからではない。
知華さんの命が、大人たちの都合や、組織が守ろうとする物語の中へ埋もれてしまわないために。
誰の責任も問われず、「報告書を出した」「再発防止策を示した」という形だけで終わらせないために。
再発防止は、実行されて初めて意味を持つ
ご両親は、再発防止策は実行されて初めて意味を持つと述べている。
学校は、いつまでに何を変えるのか。
誰が責任を持つのか。
どのように進捗を公表するのか。
傷ついた生徒たちへの心のケアを、最後までどう続けるのか。
そして刑事責任については、捜査機関が事実を徹底的に明らかにしなければならない。
これは、うっかり偶発的に起きた事故として片づけられるものではない。
危険を止める機会が何度もありながら、それが機能しなかった組織事故である。
その構造を明らかにし、責任を問い、具体的に変えること。
それは、知華さんの死に意味を与えるためではない。
二度と、大人たちの物語や都合によって、子どもの命が危険にさらされないためだ。
知華さんは戻ってこない。
だからこそ、せめてこの事故を曖昧に終わらせてはならない。
ご家族が投げかけ続けている問いを、社会も、学校も、僕たち一人ひとりも、受け取り続けなければならないと思う。
