『サトリ 第6話 ~プリンはなかったことにします~』
※ この物語は1話完結です。
☘️人は、自分にだけ厳しく生きようとする。☘️
でも、少しくらい許せる日があれば
また歩ける日も、きっと来る。
🍀 🍀 🍀
駅で再会したのは、数日前のことだった。
「久しぶりです」
そう言ったサトリは、いつもと変わらないように見えた。
けれど。
ナオトは少し気になっていた。
疲れている気がした。
理由は分からない。
顔色が悪いわけじゃない。
具合が悪そうなわけでもない。
ただ。
笑うまでに少し時間がかかった。
それだけだった。
日曜日。
午後五時。
夏の始まりだった。
強かった陽射しは少しだけ和らぎ、
駅前の公園には長い影が伸びている。
木々の葉が風に揺れ、
さらさらと小さな音を立てていた。
子供たちの声が遠くから聞こえる。
犬を散歩させる人。
買い物帰りの人。
休日の夕方は、
どこかゆっくり流れている。
ナオトは木陰のベンチに座っていた。
缶コーヒーを片手に、
ぼんやりと空を見上げる。
青空は少しずつ夕暮れへ近づいていた。
「ナオトさん」
聞き覚えのある声だった。
顔を上げる。
サトリが立っている。
今日は私服だった。
白いブラウス。
薄い水色のカーディガン。
肩まで伸びた黒髪が風に揺れる。
制服の時より少しだけ大人びて見えた。
「いたのか」
「いました」
当然のように答える。
「どこから?」
「少し遠くです」
「便利な答えだな」
「便利です」
サトリは少しだけ笑った。
木々の間を抜けてきた風が、
二人の間を通り過ぎていく。
その笑顔を見て、
ナオトは少し安心した。
やっぱり疲れている気はする。
けれど。
駅で見た時より元気そうだった。
「隣、いいですか?」
「どうぞ」
サトリはベンチへ腰掛ける。
小さく息を吐いた。
その仕草が、
どこか大人びて見えた。
「疲れてるな」
ナオトが言う。
サトリは少し考えた。
「少しだけです」
やっぱりその答えだった。
頭上で葉が揺れた。
木漏れ日がベンチの上を静かに移動していく。
「何してたんだ?」
ナオトが聞く。
サトリは空を見上げた。
雲がゆっくり流れている。
「進路です」
「進路?」
「はい」
サトリはうなずく。
「大学を見たり」
「うん」
「神社へ行ったり」
「神社?」
サトリはまたうなずいた。
「少し手伝わせてもらっています」
「巫女さん?」
「たぶん、そういう感じです」
曖昧だった。
けれど。
本人もまだ答えを持っていないのだろう。
「なりたいのか?」
ナオトが聞く。
サトリは黙る。
風の音だけが続く。
遠くで子供が笑った。
「分かりません」
ようやくそう言った。
「分からないのか」
「はい」
それから少し笑う。
「でも、あそこにいると落ち着くんです」
その言葉だけは迷いがなかった。
ナオトはうなずく。
理由は説明できない。
でも、
落ち着く場所というのは、
たぶんそういうものだ。
しばらく二人で黙っていた。
木々が揺れる。
夕方の風は少しだけ涼しかった。
「何か食べるか」
ナオトが立ち上がる。
「奢りですか」
「奢りだ」
サトリは真面目に考える。
「では遠慮なく」
数分後。
近くのコンビニから戻る。
ナオトの手には缶コーヒー。
サトリの手にはプリンだった。
「プリン好きなのか」
「疲れている時は特に」
サトリはそう言って蓋を開ける。
一口。
二口。
三口。
木々がざわめく。
夕陽が少し傾いていた。
気づけば容器は空だった。
「早いな」
「師匠が言っていました」
「何て?」
「頑張ったあとは、少しくらい例外にしてもいいそうです」
「それでプリンか」
「それでプリンです」
「ろくでもない教えだね」
サトリは首を横に振った。
「いえ」
少しだけ笑う。
「師匠は、やさしい人です」
それから空になった容器を見つめる。
「これは、なかったことにします」
ナオトは吹き出した。
「何でよ?」
「甘いものは控えようと思っていました」
「全部食っただろ」
「食べました」
「じゃあ、あっただろ」
サトリは首を横に振る。
「終わったことは過去です」
「当たり前だ」
「過去は少し曖昧になります」
サトリは真面目な顔で言う。
「だから、たぶんなかったことです」
ナオトは笑う。
サトリも少しだけ笑った。
その笑顔は、
駅で見た時よりずっと自然だった。
木々の葉が風に揺れる。
夏の始まりの匂いがした。
そして。
「少し元気が出ました」
「プリンで?」
サトリは考える。
「プリンと、それ以外です」
夕陽が木々の隙間から差し込んでいた。
遠くで電車の走る音が聞こえた。
ナオトはその意味を聞かなかった。
聞かなくてもいい気がした。
木陰のベンチには、
心地よい風が吹いている。
おわり
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