天下を終わらせた男〜短刀の鞘〜第二十三章 布石
夜。
静まり返った寺の一室。
一人の男が深く頭を下げていた。
石田三成。
その前に座るのは僧。
天海。
天海は静かに三成を見ている。
「申されよ、治部少輔」
三成は言った。
「お願いがございます」
天海は机の上へ視線を落とす。
そこに置かれているもの。
短刀の鞘。
三成は続けた。
「その鞘を――お借りしたく」
しばし沈黙。
灯りが揺れる。
天海はゆっくり鞘を手に取った。
「その鞘は」
低く言う。
「血を納める為のもの」
三成は顔を上げない。
天海は続ける。
「お主にそれが出来るか」
三成は答えた。
「……やってみせます」
しばしの沈黙。
やがて天海は鞘を差し出した。
「ならば持って行かれよ」
三成は深く頭を下げる。
「かたじけのうございます」
静かに立ち上がり、部屋を出た。
戸が閉まる。
天海は灯りを見つめたまま、動かなかった。
数日後。
寺の奥。
酒が置かれている。
向かい合う二人の男。
一人は
加藤清正。
もう一人は
石田三成。
清正は盃を傾ける。
「何用だ、治部」
三成は頭を下げた。
「急な申し出、申し訳ございませぬ」
清正は笑う。
「回りくどい。言え」
三成は顔を上げた。
「徳川が動きます」
清正は鼻で笑う。
「ならば討つだけよ」
三成は静かに首を振る。
「それでは戦は終わりませぬ」
清正の目が細くなる。
「佐吉。何を言いたい」
三成は言った。
「徳川に勝たせます」
空気が止まった。
「……狂ったか」
三成の声は揺れない。
「戦を終わらせます」
「天下を終わらせます」
清正は睨む。
「若君はどうなる」
三成はその瞳を真っ直ぐに据え
「豊臣は残します」
三成は続けた。
「その為に――」
「私が旗頭になります」
「私は捨て石になります」
沈黙。
長い沈黙。
やがて清正は立ち上がった。
戸へ向かう。
その足が止まる。
机の上。
そこに置かれているもの。
短刀の鞘。
清正はそれを見たまま言う。
「佐吉」
三成
「……は」
清正は振り返らない。
「そこまで腹を括ったか」
「漢よの」
戸が閉まった。
別の日。
三成は一人の男と向き合っていた。
大谷吉継。
話を聞き終えた吉継は、少し笑った。
「お主は昔から」
盃を持つ。
「戦を嫌う男だった」
三成は目を伏せる。
「戦を終わらせます」
吉継は三成を見たまま言う。
「その為に、徳川に天下を渡すつもりか」
三成は黙る。
吉継は頷いた。
「ならばわしは」
盃を置く。
少し笑う。
「その捨て石になろう」
三成は言葉を失った。
吉継はそれ以上何も言わない。
夜。
三成は一人で座っていた。
机の上。
そこに置かれているもの。
短刀の鞘。
灯りが揺れる。
三成はそれを見つめる。
やがて小さく呟いた。
「これでよい」
静かな声。
三成は鞘を手に取る。
そして灯りを消した。
