いまだマニュアル車に乗ってるのは意地だ
第一話『恐怖の大王』
ギアを入れてクラッチを戻すたび、車体が「ガックン」と前後に跳ねた。前が低くて距離感もうまくつかめない。半クラを探すたびに足が落ち着かず、信号へ近づくと次は止まらず抜けたいと願っていた。横では彼女が「……もう帰ろうや」と漏らした。
1999年7の月、恐怖の大王が降臨し人類が滅亡するかどうかで世間がざわついてたころ、ひと足お先に人生の危機に立たされた。大学生になってもまだ反抗期はおさまらず、親と喧嘩をして家を飛び出し、彼女の家に転がり込んだ。実家に戻る気まずさより、そのまま居候を続ける方を選んでいた。
その日、彼女が夏服を買いたいということで「泉佐野プレミアムアウトレットまで行こうか」という話になった。
問題は車だ。
それまではデートといえば親の車を乗り回していたが、家出をした今、連れてきたのはスーパーカブのみ。レンタカーでも借りるかと調べていたら、彼女のママが「全然乗ってへんから、たまには動かさないと」と鍵をくれた。
駐車場に停まっていた車は『スズキ カプチーノ』だった。「スポーツカーに乗ってるなんてヤンチャなママやな」と多少の驚きもあったが、それよりも驚いたのが『MT(マニュアル)』だったことだ。
免許をとって以来、AT(オートマ)しか運転をしてこなかった。それでも車体の小ささで錯覚したのか「ゴーカートみたいなもんやろ」と、なんとも軽い気持ちで運転席へと座った。
いつもの感覚で、ブレーキを踏みながら鍵を回すと「キュルキュルキュルー」と甲高い音だけが鳴り、全くエンジンがかからない。動かすのも久々やと言ってたし、バッテリーでも上がってるんちゃうか?と疑ったりもした。
彼女は「なにしてるん?」と言いたげな顔で見ていたが、「動かし方わからへん」なんて言えるわけない。軽くアクセルを踏んだりもしてみたが、カプチーノはジッとしたままだった。
一度家に戻り、エンジンがかからないことを伝えるとニヤっとした顔で「クラッチは踏んだ?」と聞かれた。「ほんまや!教習所でそんなん習ったわ」というようなことを言い、そそくさと駐車場へと戻った。
クラッチを踏みながら鍵を回すと「ブォンッ」と、いとも簡単にエンジンはかかった。
さぁ、問題はここからだ。
まず『半クラ』ってのは知っている。知ってはいてもやり方なんて教習所に置いてきた。そっと左足を戻しながらアクセルを踏む。慎重にやったつもりなのに「グォオオーン」とけたましい重低音とともに「ガックン」と大きく前へ跳ねた。
その瞬間、「ぎゃあ゛ぁあ゛ぁぁ」と幌が裂けるような叫び声が狭い車内をこだました。
笑って誤魔化そうとはしたが、口元は引きつっていた。今のは一回目だ。まだ駐車場すら出ていない。もう一度クラッチを踏み込み、今度こそ慎重にと左足を戻す。少し進んだと思った瞬間また前へ持っていかれ、メーター周りのランプが点灯した。
彼女の心配は軽くピークに達していて「もう電車で行った方がいいんちゃう?これで事故ったら大変なことになるで」と隣で騒ぎ始めた。返す言葉より先に「ちょっと駐車場で練習したらすぐに思い出すわ」と口が出た。こういう時ほど引けなくなる。
エンジンをかけ、次こそはと左足を戻す。視線はタコメーターへ釘付けのまま、エンジン音を探るようにアクセルを踏んだ。「ここや!」と2速へ上げた瞬間、身体が前へ持っていかれた。
「もうガックンはいらん」こっちを向いた彼女の顔は引きつっていた。
能勢に近い山あいだったこともあり、大通りへ出るまでは人も車も少なかった。3速へ入る頃には、幌を外すためのロックを手探りするくらいには気も緩んでいた。隣を見ると、彼女はシートベルトの金具を何度も触っていた。
カプチーノは小さいうえに車高が低い。どこまで出ていいのかも慣れないまま、大通りに入った。
後ろから来る車の速度も、走行音も明らかに違う。一気に車の流れが増えた。発進ひとつに神経を使っているのに、周りはそんなことお構いなしに堰を切ったように流れていく。
車が迫るたび、助手席の手がドア横を握るのが視界に入った。「幌、あげてみる?」なんて軽口を出す余裕は1mmもなかった。
「赤になるな、赤になるな、赤になるな」それだけを願ってはいたものの、信号ってのは非常なもんだ。願った時ほど赤になる。早めにブレーキを踏んだ。止まるだけなら問題ない。そう、問題ないはずなのに音が途切れた。クラッチ切るのを忘れてた。
いったい何回エンジンをかけなおしたのだろう。ランプが光るたび、声は減っていった。
信号が青に変わり、前の車が動く。慌ててクラッチを踏み込み、ギアを入れる。だが遅すぎた。後ろからクラクションをぶつけられた。
その一発で心が折れた。
次の信号を越えた先にあったコンビニへ逃げ込むように入った。エアコンのダイヤルを回したが、背中の熱は引かなかった。
彼女は窓の外を見たまま、口を開かなかった。このまま愛想を尽かされたら、行くあてもなくなる……そんな不安に押されながらも、彼女のママに電話を入れるしかなかった。
やって来たママはスーパーカブにまたがったまま笑っていた。ヘルメットを外してる間もずっと笑ってる。しかもその笑顔が、「やっぱりな」でも「なにしてんねん」でもなく、ただ面白がっていた。「事故らんかっただけ偉いやん」と謎に褒められ、「ほな代わるわ」と軽い調子でカプチーノへ乗り込み、そのまま何事もなかったみたいに幌を全開にして発進していった。
恐怖の大王は来なかった。
来たのは、マニュアル車を笑いながら回収する彼女のママだった。
白線の横で、しばらくそのまま動けなかった。彼女の家へ向かう交差点まで来ても、そのまま曲がる気になれず通り過ぎた。あてもなく走る。さっきまで必死にエンストと格闘していたせいか、カブの変速がやけに楽しく感じた。
ゲーセンへ立ち寄り、店内をうろついているとレーシングゲームが目に入った。MTモードを選ぶと、画面の中では気持ちいいほどギアが決まった。コーナーを抜けるたび、さっきまでの失敗が消えていった。だけど何周走ったところで所詮はゲームである。『半クラ』は最後まで再現されなかった。
1999年7の月、空よりも現実味があったのは左足の感覚だ。あの日の自分にとっての恐怖の大王は、間違いなくマニュアル車だった。
第二話『変われ!』
「変われ!」
その一言だった。
言われるがまま運転席を降りて助手席へ移ると、ボスは何も言わずに車を出した。説明もない。どこが悪かったのかも聞ける空気じゃない。この店では車に限らず、仕事も教わることがなかった。
「まず見ろ、次にやれ」
できなければ横に回される。
大学卒業後、ダイビングショップで働くため沖縄へ移住した。
店先には車が並んでいた。ハイエースが4台、タウンエースが1台、軽トラが1台。タウンエース以外は全部マニュアル車だった。まだ朝だというのに、コンクリートは熱を持っていた。その並んだ車を前にして、ボスが言った。
「運転しろ!」
初日から「無理です」なんて言えるわけがない。運転席に乗り込むと目線の高さがまず違った。フロントガラスも近い。前に余計な長さがないぶん、すぐに慣れそうな気がした。
クラッチを踏み、シフトレバーを1速に入れ半クラの位置を探る。「ブォォン」とハイエースらしい低い音を鳴らしたつもりだ。とにかく前へ出すことしか頭になかったが……
「変われ!」
まだ2mすら進んでなかった。
何が悪かったのかはわからない。エンストもしてない。そもそも2速にすら入れてない。けれど、それで十分だったらしい。
助手席に座ると、ハンドルを握るボスの横顔から歓迎されてないことだけは伝わってきた。喉はもうカラカラだったのに、唾を飲み込むことすら躊躇した。
その日からしばらくタウンエース専門の運転手となったが、1ヶ月ほど経った頃、事態が変わる。新人で入ってきた女の子はAT限定だった。
そうなると車を出す日はどちらか一人が店に残る。海の仕事をしに沖縄まで来たのに、足元には洗い終わった器材が積まれていく。
窓の外は明るく、遠くの民家からは三線の音が聞こえていた。
なによりしんどいのは店番だとボスと2人きりになることだ。店の奥で伝票をめくる音が続く。電話が鳴るたび受話器を取るが、相手の声より後ろにいる気配の方が気になった。
沖縄らしい景色は見えてるのに、自分だけそこへ行けない。
初日に「変われ」と言われたときは悔しかった。しばらくすると、車の音が外で遠ざかるたびに、今度は別の意味でそう思うようになった。
──店番、変われ。
第三話『サイドブレーキの悲劇』
「グワッシャーン」
駐車場の方から車がぶつかる鈍い音が聞こえたが、まさか自分の責任だったなんてこの時は思いもしなかった。
ゴールデンウィークの忙しさも終わり、店番にも慣れてきた頃だった。
仕事終わりの夜中、駐車場で半クラの練習をしといた甲斐もあって、だいぶコツを掴めてきたのではないかと思えるようになっていた。
そんなある日、店の前にレンタカーが入ってきた。駐車場の入り口にはハイエースが停まっていて、そのままでは入りにくそうにしてた。
少しバックすれば済む距離だった。こんなことすらできないのか……と思われるのも嫌だったし、このくらいなら大丈夫やろと気を利かせたつもりだった。
エンジンをかけ、クラッチを踏みバックへ入れる。ゆっくり後ろへ下げるところまではうまくいった。むしろ前より落ち着いて動かせたことが、なによりも誇らしかった。
車を降り、店内へお客様を案内している時、後ろから大きな音がした。
最初はタンクか何かが崩れ落ちたんだろうくらいにしか思っていなかった。店の奥でも器材はよく倒れるし、そのくらいの感覚だった。
振り向くと、さっきまで動かしていたハイエースがレンタカーにめり込んでいた。
「誰やろ?」
スタッフの誰かがレンタカーに気づかず外に出ようとしたんかな、くらいに思ってたのに、よく見ると運転席には誰もいなかった。
嫌な予感はしつつも、どこかで「うそやろ」と思いながら駆け寄ってドアを開ける。エンジンはかかってなかった。ギアもニュートラル。ブレーキを踏む。もう止まってる。それでも何かをしないといけない気がして、もう一回ブレーキを踏んだ。
次の瞬間、ドアが勢いよく開いた。
何か言われるより先に腕を掴まれ、そのまま外へ引きずり出される。足がもつれ、受け身を取る間もなく背中にコンクリートの硬さが当たった。
見上げると、目の前には殺気だった顔のボスがそのまま運転席へ乗り込んでいた。声が出る前から、その場から逃げたくなった。レンタカーにめり込んでいたハイエースがゆっくり後ろへ離れていく。
誰も乗っていなかったことと、さっき自分が動かした車だったことが、その時になってようやく頭の中でつながった。
警察官の問いかけに言葉が詰まった。サイドブレーキを引いていなかった。たったそれだけのことが事故の原因だった。
その日を境に真夏のピークに入るまで、車には触らせてもらえなくなった。
朝の送迎をやらなくていいぶん、ゆっくりと起きることはできたが、修理代はきっちり給料から引かれた。そのうえ、上がった分の保険料まで差し引かれ、気づけば半年くらい給料は3万円ほどしか残らなかった。
トラウマってのは強いものだ。
今でも車を降りるたびサイドブレーキを一度見ないと落ち着かない。
第四話『2速発進』
誰も1速から発進していない。
そのことに気づいたのは夏のピークも終わりかけた10月のことだった。
ボスの人望がなかったからか、入れ替わりが激しい業界なのか、まだ働き始めて半年も経たないうちにNo.3の位置まで上り詰めていた。そろそろマニュアルが運転できるようになりたいと本気で思うようになっていた。
運転できれば軽トラ班になれるからだ。
夏のピーク時は毎朝のように愛車タウンエースで送迎へ出向いた。ピックアップしたお客様を飽きさせないよう車内では会話に努める。一日の中でひとりになれる時間なんて、全員ホテルへ送り届けた後の車内くらいだ。
軽トラ班になれば、ひとりになれる。だからこそMTを運転できるようになるのは死活問題でもあった。
みんなどうやってスムーズにクラッチを繋いでるのだろうと疑問に思い、助手席に乗るたび注意深く観察していたとき、ひとつ大きなことに気づいた。クラッチを踏んだあと『最初から2速』へ入れ、そのまま何事もなかったように走り出していく。
最初はたまたまかと思っていたが、見ているうちにそれが共通していると確信した。
ある日、港で待機している時間があった。目の前には軽トラとハイエースが停まっている。軽トラは鍵が差しっぱなしになっていた。
試しに2速へ入れて発進してみると、「えっ!?」と驚くほどスムーズに前へ出た。エンストもしない。変な揺れもない。今まであれだけ苦戦していた「ガックン」が最初からなかった。
一度コツを掴むと、これまで苦労してきたことが嘘みたいに簡単だった。昔、誰かが「変速は音で感じろ!」と言っていた。本当に、音が変わる前にクラッチを踏めば良いのだ。できない時はそんなことできるもんかと思っていたのに、身につくとなんであれほど苦労していたのかと思う。
無駄に1速にこだわっていた。
クラッチを踏み1速へ入れ、半クラで前へ出す。そこまではいい。問題は次だ。2速へ入れた瞬間にどうしても跳ねてしまい、そこで毎回気持ちが折れていた。
それが2速発進だと滑らかにつながる。頭ではわかっていたことに、やっと足と手が合うようになった。
もうその時はうれしくてうれしくて仕方なかった。港内をグルグルと何周も何周も回り続けた。ようやく飽きてた頃、沖に黒い染みのような船が見えてきたので、慌てて駐車した。サイドブレーキもしっかりと確認した。
それからは公道へ出ても、もう問題はなかった。あれだけ苦手だった1速から2速への切り替えも、いつの間にか普通にできるようになっていた。
軽トラ班になった頃には、朝の港でひとりになる時間がようやく手に入った。
気づけば仕事も運転も、ずいぶん飛ばして覚えていた。なにごとも順番どおりじゃなくても、案外ちゃんと前へ進むものだ。
第五話『厄年のハイエース』
25歳の誕生日が過ぎた頃、厄年は人生の転換期を迎えたりしやすい時期だと聞いたことで、「このタイミングで独立したい」という気持ちが強くなっていた。すぐには認めてもらえず1年遅れたが「まだ後厄があるしええやろ」とその時は都合よく考えていた。
厄年に新しいことを始めるのは控えた方がいいと知ったのは、ずいぶん後になってからだ。
店舗を決め、スタッフも2人引き抜いた。そこまで決まると、次に必要なのは車だ。ダイビングは人より荷物が多い。タンクを積み、器材を押し込み、海まで走る。車がなければ仕事にならない。
グーネットを覗いてたら、掘り出し価格のハイエースを見つけた。国にお金を借りてまで決めた独立だ。必要経費が削れるなんてラッキーと喜び、一緒に来ることになった夏海ちゃんと中古車屋さんへ向かった。
行きしなの車内で夏海ちゃんは「浮いたんなら、その分の給料を上げてもらえるな」なんて呑気なことを言ってたが、それに関しては苦笑いで返すしかなかった。
中古車屋さんに着き、お目当てのハイエースとご対面する。どうせすぐに錆びるし、動きさえすれば問題なかった。そのまま即決しようとした時、夏海ちゃんが「私、オートマ限定なんですけど?」と言ってきた。隣に停まっていたATのハイエースの値札を見たが、どう考えたってお金が足りない。
「無理や。予算オーバーするし......」と力のない声で訴えた。夏海ちゃんは「運転できなかったら仕事できないでしょ」と正論で押し切ってきた。
そんなことは言われなくてもわかってるが、ない袖は振れない。差額は30万円。広告を出す費用とも変わらへんな、と頭の中でそろばんを弾いてた。
そして出した答えが「限定解除したいなんて思ったり......?」と、目を潤ませながら聞いてみたら「嫌。オートマ買って」ピシャリと返された。
「限定解除のお金払うで」と、自分でもわけのわからない提案もしてみたが、彼女の気持ちは最後までニュートラルに入ったままだった。
車はもちろん大事だが、それ以上に人の方が大事だ。結局、妻の車を下取りに出すことで両方のハイエースを買うことになった。
最初の年は夏海ちゃん専用車。仕事でもプライベートでも存分に乗り回してる姿を見てたら、なんだか貢いだような気持ちになっていた。
その後、妻はハイエースを見るたび「私よりスタッフの女の子を選んだ」と冗談なのか本気なのかわからない声で罵ってくるようになったので、「これが厄年の災いなんか?」と考え、厄払いしとけば良かったとちょっとだけ後悔した。
第六話『教える側』
まるで若い頃の自分を見てるようだった。
港でハンドルを握りながら冷や汗を垂らしている涼くんは、まだ20歳。新しく入ったスタッフだ。MTの免許は持っていたが、取ってから一度も運転していないと言う。
「どうやってエンジンかけるんですか?」ブレーキを踏みながら鍵を回してる姿まで一緒だった。
「クラッチ踏みながらやで」と伝えると「ブォンッ」と音が鳴った。どこか得意そうな顔でこっちを見てきたから、「ゆっくりでいいから走らせてみ」わざと意地悪な感じで言ってみた。
「グォオオーン」と車の息が荒くなり、次の瞬間「ガックン」と大きく跳ねた。その動きがあまりにも懐かしくてケラケラ笑いが止まらなくなった。涼くんは苦笑いしながらも、すでにシャツは汗でびっしょり濡れていた。
自分の時は、そんなことを聞ける相手すらいなかった。「見て、盗め」なんて言われたところで限度がある。
「エンストなんか気にすんな。誰もが通る道や」まるで他人事のように伝え、「2速からでええから、まずは2000回転を維持しながら変速せず走らせてみ」と、出し惜しみせず『2速発進』の奥義まで伝授した。
涼くんは「この人はいったい何を言ってるんだろ?」と呆れたような顔をしていたが、いざクラッチをつなぎ走らせると、そのまま意外なくらい素直に前へ出た。
こっちはあれだけ苦労したのに、飲み込みが早いのはやはり若さか......と無駄な嫉妬とプライドが顔を出したりもしたが、「いいよ!上手!上手!」とにかく褒めることに徹した。
半クラの感覚さえ掴めば、あとは慣れだ。
変速からバック、坂道発進まで一通り練習したところで公道に出ることにした。
教えたことを素直に聞いてくれる子は可愛い。公道に出てすぐはまだ緊張した面持ちだったが、信号を3つほど越えた頃には、もう窓に肘をつけるくらい余裕のある顔をしていた。
そのまま金武町まで走り、タコライスを食べることにした。「好きなん食べ」と言ったら、タコライスチーズ野菜にハンバーガーまで頼んでいた。
その姿を見て、やっぱ若いっていいな、としみじみと感傷に浸ってしまったことに歳を感じた。
第七話『オートマで走り抜けた1400km』
「やっぱオートマって楽やわ」
新東名に入ると、スピードメーターは120kmを指していた。吹き飛ばされそうな速さで後ろへ流れていく景色を目で追いながら、アクセルに足を乗せているだけで車が進んでいくのは、なんともいえない爽快感を覚えた。
助手席では犬たちが気持ちよさそうにスヤスヤ寝ていた。
娘の進学で東京へ移ることになった。犬も歳を取っていたので、飛行機は避けてフェリーで鹿児島まで渡り、そのまま東京まで走ることにした。
最初はハイエースなら荷物もたくさん載るし引っ越し代が浮くなとも考えたが、「あんなサビサビの車に家のものを乗せたくない」と妻に怒られ、そのまま店に残すことにした。プライベートで乗っていたジムニーでは小さすぎる。結局、妻のハリアーで移動することにした。
鹿児島港に到着後、九州自動車道へ入る。高速に乗ってしまえばATだろうがMTだろうが関係ないはずなのに、それでもクラッチやシフトレバーを気にせず進んでいくのは想像以上に楽だった。
中国自動車道へ入る頃には、似たような山の景色がずっと続き、さすがに運転にも飽きてきた。それでもなんとか神戸の実家までたどり着き、その日は一泊することにした。
名神を抜けて新東名に入ると、前の景色が一気に開けた。前を走る車との距離まで遠く、空まで広がったように見えた。それまでずっとスピードの出ない車ばかりを運転してたこともあり、速度表示に120の数字が見えた瞬間、広さより先に緊張がきた。
もしハイエースだったらエンジンの唸り声で犬たちも落ち着いて寝られなかっただろう。ジムニーなら横風のたびにハンドルを握る手に力が入っていたと思う。
そんなことを考えているうちに、途中からは富士山を探す余裕も出てきた。
空が霞んでたこともあり、富士山が見えなかったのは心残りだったが、海老名サービスエリアで半額シールの貼られた惣菜を選んでいる頃には、そんなこともすっかり忘れていた。
21時、新居に到着し1400kmに及ぶ旅路は終わった。
オートマが楽なのは間違いなかった。ただ、楽しいとは違った。左の手足は、最後まで仕事がなかった。
最後に『意地』
今でもマニュアル車に乗っているのは意地だ。
乗れるようになるまでに恥もかいたし、失敗もした。
いまさら乗らなくなったところで困ることはない。たとえ久しぶりでも、いざ乗れば体が勝手に動く。クラッチもシフトも、もう考えてやっている感覚はない。
上京後、しばらくして妻のハリアーは手放した。「道が狭すぎて、東京で運転なんかしたくない」と言ったからだ。
自分しか運転しないのであれば、ATを選ぶ理由がない。せっかくなら富士山の麓でキャンプしたいなと妄想し、仕事でも乗り慣れていた軽バンを買った。
軽バンはATだと4速、MTなら5速だ。この1速の差は想像以上に大きい。坂を上がる時や、長く走る時の感覚がまるで違う。あの頃は「5速ある方がなんか強そう」くらいにしか思ってなかったが、毎日乗っていると違いは嫌でもわかる。
しかもMTは構造が単純な分、壊れた時の修理代も抑えやすい。
免許を取る頃は、エンストのことで頭がいっぱいだったのに、いつの間にか車の中身や維持費まで考えるようになっていた。あれだけクラッチで苦しんだのに、最後は「MTの方がeasy」と感じている自分に驚いた。
ハリアーの下取りでお釣りまで返ってきた時は、なんだか勝った気がした。
近い将来、自動運転が当たり前になれば、こういう車はもっと減っていく。現にマニュアル車のシェアはもう1%台しかない。
だから今日も、意地でクラッチを踏んでいる。

