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家事は加点方式のつもりだった夫と、減点方式だった妻

どうも採点方式がおかしい。家事に対しての見方は、夫婦によって大きく隔たりがある。

私は長らく、暮らしという小さな卓球台の前に立ち、地味なラリーを続けているつもりでいた。製氷器に水を入れる。ピンポン、1点。犬たちのトイレシートを替える。ピンポン、1点。食器洗い洗剤を詰め替える。ピンポン、1点。ゴミの日を把握し、前日の夜に「あ、明日燃えるゴミやな」と頭の片隅で確認する。これも立派に1点である。

派手なプレーではない。スマッシュでもなければ、実況席が「これは見事ですねぇ」と唸るような場面でもない。ただ、暮らしという小さな台の上で、毎日コツコツと球を落とさず返し続けることが大切である。

冷凍庫の中で氷は勝手に生まれない。空になった洗剤容器を前にして「増えろ」と念じたところで泡しかでない。トイレシートの交換を怠れば、足拭きマットがトイレへ代わった。私はそういう名もなき危機を日々こっそり防ぐ、なかなか堅実な守備型プレイヤーである。

ところがある夜、どこかの扉を開けっぱなしにしていたらしい。収納なのか、キッチンなのか、もはや犯行現場の特定すら曖昧である。ただ、妻の声は鮮明に飛んできた。

「あーもう、また開いてる!」

......その瞬間、私は15点失った。

さっきまで卓球をしているつもりだったのに、妻のコートではテニスが始まっていた。私は1点ずつ必死に取っているのに、失点は「15」「30」「40」と増えていく。電気を消し忘れて寝落ちしようものならゲームセット。しかも主審まで妻である。勝てるわけない。

この採点方式の不公平さに気づいたのは、「あとでやる」の扱いが夫婦でまるで違うことを観測してからだった。帰宅すると、妻はYouTubeを見ていてシンクには洗い物が残っていた。私は夕飯を作りたいので、皿を洗ってると妻は言った。

「あとでやるつもりだったのに」

“ありがとうで良くない?”と思いつつもシンクを洗い終え、夕飯を作り「さぁ食べよう!」としたとき、妻は台所を覗きに行った。

「コンロ、いつ拭くの?」
「あとでやる」
「あとでって、いつ?」
「飯食い終わってから」
「今すぐやれ!」
「......。」

同じ「あとでやる」なのに、妻が言うと未来に向けた前向きな計画となり、私が言うと未解決事件になる。たしかに、私には前科がある。あとでやろうと思っていたことを忘れ、さらに忘れたことまで忘れるという、高度な二段階消失マジックを披露することもたびたびだし、妻の疑念もわかるけど、火を消したばかりのコンロを拭いたら家庭内平和以前に、私の皮膚が犠牲になる。

そもそも、私は意外と色々やっている。

製氷器の水は、空になってから気づいても遅い。トイレシートは、犬たちが無言の圧で教えてくる。食器洗い洗剤は、最後の一滴が出なくれば、台所全体が敗北感に包まれる。ゴミの日を忘れたら、ゴミ箱はすぐ満員電車になり、犬たちが車内販売のように中身を物色しはじめる。

いちいち「今日、製氷器に水を入れました」と胸を張って報告してたら、それはもう夏休みの絵日記である。大人の男として、そこまで小さな実績を発表するのは、いささかみっともない。

それ以上に、報告は危険である。ちょっと得意げな顔をして「製氷器の水、入れといたで」と言ってしまったら、妻の中でスイッチが入る。

「入れる前に、掃除した?」
「してない」
「なんで?最後に掃除したのいつ?」

家の中で発生する「なんで」は、だいたい地雷である。「水の補充をしたことない人に言われたくない」などと反論しようものなら、過去二十年分の不祥事映像がVAR判定として流される。昨日の換気扇つけっぱなし事件から、とっくに時効だと思っていた結婚前の麦茶補充未遂事件まで、妻の記憶の倉庫には防湿剤つきで保存されているからだ。

どの事件も、まるで昨日の出来事のような鮮度で提出されるのを防ぐため、私は黙る。黙って製氷器に水を入れ、黙って犬たちと散歩に出る。言わないことこそ男の美学である。

ただ、黙っていると加点は記録されない。氷がある状態は普通だし、トイレがきれいな状態も普通である。普通とは、誰かが先に気づいて整えた結果なのに、普通である限り誰も気づかない。これはなかなか残酷な仕組みである。

家事とは、やった作業そのものよりも、気づいた瞬間からすでに負担が始まっている。

ところが減点は、やたら目立つ。

扉が開いている。靴下が裏返っている。洗面所に髪の毛が落ちている。そういうものは、ミュージカルの主役みたいに、家庭内の中央へ躍り出てスポットライトを浴びる。そして、妻のコートから「フィフティーン・ラブ」と声が飛ぶ。

私から見れば「そこだけ見るなや」と思うけど、妻からすれば「そこを閉めろよ」なのだろう。結局、見ている場所が違うからである。

私は未来のトラブルを潰しているつもり。
妻は目の前の乱れを正しているつもり。

どちらも家事である。ただ、私の家事は起きる前に消え、妻の家事は起きた後に目に入る。だから私の加点は透明で、妻の減点はよく響く。

その夜、妻が冷蔵庫を開けた。グラスにカランと涼しげな音が鳴ったのを、私はソファに座ったまま聞いていた。「その氷、誰が作ったと思っとる?」などとは、もちろん言わない。そんなことを言えば、製氷器洗浄問題という国際紛争が始まってしまう。私は世界平和までは背負えないが、夫としてキッチン周辺の平和くらいなら守りたい。

だから心の中で「よし、1点」と小さくつぶやいたその直後。

「あーもう、また扉開いてる!」

カランと鳴った氷の余韻が消える前に、スコアは一気に動いた。どうやら、またどこかの扉を閉め忘れていたらしい。「あとでやる」と思わず言いそうになったが、なんとか堪えた。

家事への見方は変わったけど、生存戦略までは変わらない。

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