「#はじめてのnote」はログインボーナス
ソシャゲを始めると、画面には「初心者ログインボーナス」と呼ばれる気前のいい贈り物が並ぶ。星5確定チケットや、10連ガチャ無料、なんかカッコいい金色に光る剣まで持たせてもらえるが、もちろん運営からの「ようこそ、この沼へ」という、砂糖をまぶした罠である。
まともなプレイヤーなら、チュートリアルのお姉さんが「ここを押してください」と言えば、そこを押し、最初にもらえるそこそこ強いキャラを編成し、村の近くにいる弱そうなモンスターを倒していく。序盤は、誰もが自分を天才だと思える仕組みになっている。
僕は、画面の右上に「スキップ」があれば、連打しちゃうタイプである。利用規約は最下部まで一気にスクロールし、新機能の案内は、内容を見る前に閉じるのがデフォ。
だから、しょっちゅう詰む。むしろ、詰んでからが本番である。
noteを始めた時も同じだった。登録を済ませると、村人たちに挨拶することなく、そそくさと村を飛び出し、とりあえず魔王城の前で高らかに叫んだ。
「納豆なんて大嫌い!」
これが僕の、はじめてのnoteである。

結果、ビュー37・スキ2。初投稿として多いのか少ないのかもわからない。比較対象がないので、僕は「こんなものか」と思い、そのまま次の記事を書いた。ガチャ演出が青く光っていたのに、SSRを引いた顔でホーム画面へ戻るタイプである。
その後も僕は書き続けた。どんな題材が読まれるのか、タイトルに何を入れればいいのか、タグは何個が適切なのか。何も知らずに、スタミナは毎日きっちり消費した。
初心者ミッションを無視し、通常クエストをひたすら周回しているようなものである。経験値は入っているはずだが、何を育てているのかわからないまま、投稿数は増えていった。
そうして2ヶ月ほどが過ぎ、投稿数が100本ほどになった頃、僕は他人の記事を読みながら、驚愕の事実を知ることになる。
#はじめてのnoteでは、自己紹介を書く。
そこには、始めたばかりの人たちが「はじめまして」と自己紹介をし、たくさんの人から歓迎されている世界があった。「これからよろしくお願いします」と書かれた角の丸い名刺に、あたたかいコメントが並んでいる。新規プレイヤー限定の十連ガチャを、みんな当然のように回していた。
僕は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。noteにも初回ログインボーナスがあった。しかも、かなり報酬がいい。
完全に初手を間違えた。#はじめてのnoteを知らず、僕は名乗りもせず、納豆への怨念を装備して野山を走り回っていたのだ。ただただ、投稿数と納豆への恨みが増幅しただけである。
noteを始めて、そろそろ9ヶ月。今では、共同マガジンを運営し始めたりと、さすがの僕でもnoteに慣れてきた。創作大賞の投稿期間も終わった。記事数もだいぶ溜まっていた。
そろそろKindleへ本を出版してみようかと、過去記事を見返してたとき、納豆の記事を開いた。なんとスキが9へと増えていた。7人もの読者が、9ヶ月かけてこの価値に気づいたらしい。
僕も久しぶりに読み返してみた。
納豆への恨み辛みを、ドラゴンボールに例えて書いた話である。文章は騒がしいし、覚えた必殺技を全部使いたい小学生のように、一段落ごとに誰かがスーパーサイヤ人になっている。
荒削りな文章ではあるけど、この一話で、僕がどんな人かは、かなり伝わる名刺代わりのエッセイだった。
さくらももこは『もものかんづめ』で、お茶っぱを使い水虫を治した。朝井リョウは『時をかけるゆとり』で、便意によって尊厳を失いかける。水虫、便意、納豆。並べてみると、一流のエッセイ集とは、どうやら人に言いづらい話から始まるものらしい。
そう考えたとき、この納豆の話をKindleへ入れるのが惜しくなってきた。
創作大賞後、出版社から声がかかり、編集者と一冊目の構成を相談する日が来る。会議室の向こう側で編集長が原稿をめくりながら「納豆の話、Kindleで出してしまったんですか」と困った顔をしていた。
僕はうつむきながら「ええ。あの頃は、まさか書籍化するとは思っていなかったので」と伝えると、編集長は眼鏡を外し「一話目に置きたかったんですけどね。読者へ、これから始まる世界を伝える重要な一編でした」と深いため息をついた。
会議室に重い沈黙が落ち、編集者が「もったいない……」と小さく首を振り、誰も顔を上げられなかった。
……やばっ。また、ログインボーナスを逃すところやん。
僕は納豆の記事をKindle候補から外した。処女作の初出感は二度と戻らない。ここで安易に放出すれば、将来の大型イベントで編成の中心となる切り札を失うことになる。
スキ2から始まったのも、希少価値を保つため、運営が排出率を絞ったのだろう。配布石を受け取らなかった代わりに、一発目の無料ガチャで、将来の書籍化に使える限定キャラを引いていたのである。
SSR納豆。
現在のスキは9。
実装当初は誰も使わなかった。こういうキャラこそ、のちに人権と呼ばれるのだ。
