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券売機は迷走中〜松屋の選択〜

 牛丼が食べたい。

 その日の私は、迷っていなかった。昼食について考え始めると「ラーメンにするか、マクドも捨てがたい、いや昨日もマクドやった」と会議が始まり、昼休みの半分を「なに食べよう」で消費する。
 しかし、その日は最初から牛丼だった。途中で紅しょうがを投入し、七味を振る。すでに口の中では、牛丼の後半戦まで始まっていた。

 そこで松屋へ入った。ところが、その店は松のやとの併設店だった。

 券売機の欲深さには恐れ入る。牛めしだけでなく、ロースカツ定食、味噌ロースカツ定食、唐揚げ定食、カレーまで並んでいる。牛丼を食べるために入店したのに、店は次々と別の人生を提示してきた。
 しかも、ロースカツ定食はご飯のおかわり無料である。牛丼にはなかった二杯目という未来まで見えた。

 券売機の前に立っていたのは、ほんの一分ほどだったと思う。私は牛丼を食べに来た。そこは揺るがない。画面を動かすと、今度はカレーが現れた。牛丼屋のカレーは、決意が弱った瞬間を見逃さない。さらに唐揚げのトッピングまで表示される。

 結果、私はロースカツ定食のボタンを押した。しかも唐揚げまで追加した。牛丼を食べに来たはずなのに、牛肉を一切含まない食券を握っている。

 選択とは、自分の意思で何かを決めることだと思っていた。しかし実際には、ご飯のおかわり無料という言葉や、期間限定の写真、いま押さなければ二度と会えない気がするメニューに背中を押されながら「これは私が選んだ」と言い張っているだけなのかもしれない。



 華子さんの『遥香様は迷走中』を読みながら、私はこの日の券売機を思い出していた。


 遥香様は、王女である。王女ならば昼飯も悩むことなく運ばれてきそうだが、実際には逆だった。好きな相手との間に子どもを授かっても「産みたいかどうか」だけでは決められない。
 王族としての立場、周囲の目、国民の声、まだ結婚していないという事実が、券売機のボタンよりも重く並んでいる。

 私なら松屋の券売機で迷ったところで、後ろの人から少し圧を感じる程度で済む。遥香様の場合、どのボタンを押しても国中がざわつく。画面を閉じて店を出ることすらできない。

 遥香様は最初から、自分の答えを持っていたわけではない。進んでは立ち止まり、決めたはずの道から引き返し、周囲の言葉に揺れながら、それでも最後には自分で選び直す。題名どおり、ずっと迷走している。
 けれど、その迷いは優柔不断とは違う。何も考えていない人は、そもそも迷わない。守りたいものが増えるほど、道は一本ではなくなっていく。

 私は決断とは、松屋の券売機くらい単純だと思っていた。
 牛丼を食べたいなら、牛丼のボタンを押せばいい。誰かと一緒にいたいなら、一緒にいる道を選べばいい。
 しかし、一つを選べば、その向こうから次の問題が顔を出す。人生の券売機は、一つ押すたびに、新しいボタンを増やしてくる。

 そして、選ぶ前よりも、選んだ後の方が迷うことはある。
 牛丼をやめてロースカツ定食を選んだあとも、料理が届くまでカレーの写真が気になっていた。人は決断したら迷いが消えるわけではない。
 「やっぱり違ったかもしれない」という亡霊が、選ばなかったボタンの横から私を見ている。

 遥香様も、一度決めたからこそ、本当にそれでいいのかを突きつけられたのだと思う。本人の希望より、国や世間にとって都合のいい選択肢ほど、目立つ場所へ大きく表示される。
 決められないから迷走しているのではない。誰かに決められた道ではなく、自分で引き受けられる道を探しているから迷うのである。

 物語の中で印象に残ったのは、遥香様が一度出した答えを、最後の瞬間に選び直す場面だった。

 決断したあとに迷うことを、私はどこか格好悪いものだと思っていた。

 「自分で決めたのだから最後まで貫け」
 「途中で変えるのは意志が弱い」

 そんな言葉は、他人の選択を外から眺めている者にとって便利である。しかし、決めたときには見えなかった気持ちが、そこまで進んだからこそ見えることもある。

 券売機なら「戻る」ボタンを押せば最初の画面へ戻れる。人生には、そんな親切な表示はない。それでも遥香様は、自分の中にある戻るボタンを探し当てた。
 間違えないことよりも、間違えたと思ったときに選び直すことの方が、よほど力がいる。

 私のロースカツ定食が運ばれてきた。唐揚げまで載っているので、なかなか壮観である。


無料のご飯もしっかりおかわりした私は、満腹になって店を出た。
 ロースカツも唐揚げもおいしかった。後悔する理由はないはずなのに、胸の奥には牛丼を食べられなかった者だけが抱える、小さな空白が残っていた。

 斜め向かいには吉野家があった。キムタクが牛丼を持ち、私を見ている。

 やはり牛丼を食べるなら吉野家だったかもしれない。
 しかし、私は知っている。吉野家へ入れば、唐揚げを頼みたくなる。

 人は選んだ瞬間に、迷わなくなるわけではない。選んだ先には、次の迷いが待っている。

 遥香様は迷走の果てに、自分で選んだ人生へたどり着いた。私もいつか牛丼のボタンを押せる日が来るのだろうか。そのためには、松屋でも吉野家でもない場所へ行くしかない。

 ……やはり信じれるのは、石原さとみ様である。

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