熊谷花火大会へ娘とデート🎇|それではご覧ください
「〇〇番、十号玉一発。『――――――――――――』。提供、パパ。それではご覧ください」
来年の夏、熊谷の夜空にそんなアナウンスと花火が上がっているかもしれない。直径三百メートルほどの大輪が開き、隣では高校生の娘がスマホを構えている。問題は、会場中へ流れる四十文字へ何を書くかである。

「今度の土曜日、熊谷の花火大会、一緒に行こ!」
娘からデートに誘われた。おそらく娘が必要としているのはパパではなく、パパが運転する車である。それでも、パパは喜んで引き受けた。
高校二年生の夏。もしかすると、娘と二人で花火大会へ行けるのも、これが最後かもしれない。
会場へ着くと、河川敷には人があふれていた。荒川の流れに飲み込まれながら歩いていると、屋台から焼きそばやケバブやらの匂いが漂い、子どもたちが光るおもちゃを振り回している。その光景を見ながら、ふと娘が小さかった頃の祭りを思い出した。

あの頃は、「あれ食べたい」「これ欲しい」と右へ左へ引っ張られ、財布の中身が一足先に祭りを終えていた。人混みでは迷子にならないよう小さな手を握り、屋台を見つけるたび、その手に引っ張られていた。
ところが高校生になった娘は、屋台を見ても足を止めない。それどころか、人混みをすり抜けながら「こっち!」とパパの腕を引っ張っていく。いつの間にか、祭りで引っ張られる意味まで変わっていた。
「ただいまをもちまして、娘さんは屋台を卒業いたしました」
そんなアナウンスを聞いた覚えはない。パパは、この日のために現金まで準備し、「なんか食べようや」と逆にねだる側になっていた。

やがて花火大会が始まった。
熊谷花火大会は、一万発を約二時間かけて打ち上げる。ずっと夜空が爆発し続けるわけではなく、企業や団体、個人の協賛ごとにアナウンスが入り、そのあとに花火が上がる。
「〇〇番、十号玉一発。提供、〇〇。それではご覧ください」
ドーン。
大きな一発が来る。

「〇〇番、スターマイン――」
ドドドドドーン。
おっ、今度は連発である。

さらに「大スターマイン」と聞けば期待値が上がり、「ワイドスターマイン」まで来ると、パパも娘も夜空を見る体勢に入る。

見どころが来る前に教えてくれる。子どもの成長にも、こんなアナウンスがあれば便利なのにと思う。
しかも企業だけではなく、個人からのメッセージも流れていた。誕生日を祝う人もいれば、大切な誰かへ言葉を届ける人もいる。知らない誰かの人生がアナウンスされ、その数秒後にその人のための花火が夜空へ上がる。
「……これ、一発なんぼやろ!?」
ロマンチックな光景を見ながら、金額が気になるとは……娘よ。パパの心は花火ほど美しくなかったわい。

帰宅してから調べてみた。十号玉なら六万円。四十文字以内のメッセージを放送してもらえる。スターマインになると三十万円からだった。

……十号玉、六万円。
絶妙な価格設定やん。
問題は四十文字である。
「生まれてきてくれてありがとう。これからも自分らしく――」
……ちゃうな。柄やない。
「高校最後の夏、パパとデートしてくれてありがとう!ついでに、スマホ越しやなく、自分の目で花火を見ろ」とでも放送してもらおうか。
会場は人が多すぎるせいか、電波が全く入らなかった。強制デジタルデトックスである。ただし、娘はインスタ映えを求め、ちょくちょく場所を変えては、花火が上がるたびにスマホを夜空へ向けていた。通信を断たれたくらいで、デジタルから離れる気はまったくないらしい。

そして、この電波の入らなさが別の問題を生んだ。
花火の途中、パパはトイレへ行った。長蛇の列に並び、せっかくなので途中で一服し、戻るまで約二十分。次に娘がトイレへ向かった。
パパの二十分を超えても帰ってこない。三十分経ってもまだ帰ってこない。そして、四十分……。さすがに心配になってスマホを見るも、電波がない。LINEを送ったところで、荒川に流される。
まさか高校生になった娘を花火大会へ連れてきてまで、迷子の心配をするとは思わなかった。
それでも、「最悪、見つからなかったら喫煙所にいるから」と、念のため伝えてはいた。ずいぶん教育上よろしくない迷子センターである。ただ、会場に一か所しかないので迷いようがない。娘の成長とともに、パパの役割もずいぶん煙たくなった。
二時間の花火大会で、パパが二十分、娘が四十分。合計一時間、どちらかがトイレ方面へ消えていたことになる。よくある一時間程度の花火大会なら、交代でトイレから花火を見て帰るところだった。

それでも終盤には二人そろって夜空を見上げることができた。
最後のアナウンスが流れる。
「78番、十号玉一発。『娘さんと手をつないで歩く最後の夏祭りです』提供、熊谷花火大会。それではご覧ください」
そう言われれば、もっとゆっくり歩いたかもしれない。最後だったと気づくのは、いつも次の場面へ進んでからである。
だから来年、もしまた娘から「熊谷行こう」と言われたら、パパは喜んで車を出す。そして、三十万円のスターマインは無理でも、十号玉ならパパの愛情で打ち上げてもいいかもしれない。
「〇〇番、十号玉一発。『――――――――――――』。提供、パパ。それではご覧ください」
そのとき四十文字に何を書くのかは、まだ決めていない。
もっとも、そのアナウンスが流れる前に、二人ともトイレは済ませておこう。


