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『今年の夏はサーフパンツが熱い』を信じた結婚挨拶

沖縄に住んでると、まるで浦島太郎みたいに体感時間がバグることがしばしばある。相対性理論は宇宙より先に沖縄で覚えたようなもんだ。

そもそも体感時間ってのは、全くあてにならないものである。

子どもの頃の夏休み、どれだけ太陽の下で元気に遊んでも「まだ7月?」なんて余裕すら見せていたのに、8月27日になると「もう終わり?」と焦りだし、宿題を始めたときにはもう遅い。結局、宿題は終わらないまま始業式を迎えてた。ランドセルの中で白いままのドリルは、やけに重かった。

歳を重ねていくと更に深刻だ。「あけましておめでとう」と、つい最近言ったはずなのに、気づけば春が終わってる。充実感もないまま時間だけが過ぎていくなんて、うっかりしていたにも程がある。

そんなあてにならない体感時間を、更に狂わせてくるのが沖縄だ。住んでるうちに、ここが竜宮城に見えてきた。時計を見ていても、一向に時間どおりに進まない。

月曜にコンビニ行ってもジャンプが買えず「アンマヨー」と嘆き、バスの時刻表はただの飾り。「ナンクルナイサ〜」と言いながら、デージ気にも留めずユンタクしてるのがウチナンチュである。

そもそも、数え方が違う。

「ティーチ、ターチ、ミーチ、ユーチ、イチチ、ムーチ、ナナチ、ヤーチ、ククヌチ、トゥー」

10まで数えるのに、通常よりも1.5倍かかる。観光で来てた頃は「このゆったりとした時間こそ沖縄の素晴らしさやん」なんて思ってた。時計に追われず、海を見ながらちょっとくらい遅れても気にしない。そんな南の島の空気に憧れ、亀を助けに竜宮城へ渡ったはずだった。

ところが、住むと話は変わる。

何をするにも、うちなんちゅは亀みたいに進むのだ。急いでいると言いながら、歩幅は変わらず、その速度のまま周りまで巻き込んでいく。

アギマースンしても、潮の流れでも見ているみたいな顔で動じない。だんだん急かしてる僕が、助けた亀をまた追い立ててるみたいな気分になってくる。「ヨンナー、ヨンナー」と待たされているうちに、気づけば亀の後ろを歩いていた。

そんな竜宮生活をしてた頃、乙姫に出会った。後の妻である。

結婚するまでは本当に乙姫だった。同棲してた部屋の家賃なんて払ったこともなかったし、洗濯されきれいに畳まれた服で出勤し、仕事から帰ると惣菜が増えていた。僕が何も言わなくても生活が回る。竜宮城というのはこういう場所なんだろうと、その頃は本気で甘えていた。

ただ、乙姫は4つ年上である。いつまでも笑って待ってくれるわけじゃない。「で、いつ結婚するの?」と、優しい顔のまま次の話を進めてくる。竜宮城には期限があった。遠くで見えていたアラサーと呼ばれる波が静かに足元まで近づいていた。

それでも毎日同じように暮らしていると「シランフーナー」という言葉だけが便利になる。気づけば、イスジュンどころかすっかり亀になっていた。

そんな生活が3年ほど続いた頃、突然チムドンドンはやってきた。竜宮城というのは、腹が満たされたあたりで大事な話が始まる。帰るタイミングは乙姫が決めるのだ。ある日、玉手箱という名の婚姻届を渡された。

一瞬、玉手箱を持つ乙姫がマジムンに見えた。僕はその場で余計なことは考えず、言われるがまま名前を書くと、竜宮城にそれまで止まっていた現実の風が吹き出した。

まず浜へ打ち上げられてきたのは、東京に住んでいる乙姫のご両親への挨拶だった。それまで沖で揺れていた「挨拶」「礼服」「常識」みたいな言葉が、波のように足元まで寄ってきた。

問題は、そのどれも持ってなかったことである。何を着れば失礼でないのかも、よくわかっておらず、相当みっともない有様になるなと想像すると、今すぐにでも甲羅の中に潜りたくなった。

ネクタイの結び方も知らないまま、ダイビングショップで働いていた。朝から晩まで海に出る。服は濡れても乾けばいいし、足元は年中ギョサンだ。

調べようにも、まだガラケーの時代である。困ったからといって、その場ですぐ正解が出るほど便利でもない。せめて玉手箱の中に、きれいな格好一式くらい詰めておいてほしかった。

とはいえ、説明書までは入っていない。礼服どころか、東京へ行くための服すらわからずオロオロしていた。

そんなある日、仕事帰りにコンビニへ立ち寄ったとき、雑誌棚で足が止まった。

手に取ったFINEBOYSをめくると、『今年の夏はサーフパンツが熱い!』と大きく書かかれていた。高校生の頃、服に迷ったときは、とりあえずFINEBOYSを見ていたし、FINEBOYSが言うのであれば間違いない。


なによりもサーフパンツであれば、普段から履いてる。なんならかなりこだわってる。Billabong、REEF、Hurley、RVCA、Quick Silver。海の男がオシャレをする場所なんてサーフパンツしかないからである。

誌面のモデルにだってギャル男度なら負けてない。毎日、海で真っ黒に日焼けし、髪も金に抜け、シャギーも残っている。「東京でスカウトされたらどうしよう」なんて考えてたら、ニヤニヤが止まらなかった。

そう、玉手箱はコンビニに落ちていた。
FINEBOYSが玉手箱だった。

家に帰った後、早速乙姫に伝えたら「いいじゃん、いいじゃん」と軽い感じで返ってきた。スーツだけ買えばいいかと聞いたら「そんなに気合い入れなくていいよ。お父さん家の中ではステテコとタンクトップだし、服なんか誰も気にしないよ。買うだけ損だよ」と言ってくる。

これで悩みは全部解決した。普段の格好で東京へ行けばいいのだ。サーフパンツを厳選し、ショップの名前が入ったポロシャツで行くことにした。独立したてだったこともあり、街を歩くだけで広告にもなるなと思ったからである。


いよいよ東京へ行く日がやってきた。初めての東京だったこともあり、どうしてもガンダムが見たくて、到着後すぐにお台場へ行くことにした。

目の先に見えるのはレインボーブリッジ、その下は海浜公園だというのに、僕だけ季節を間違えたみたいだった。周りを見渡してもサーフパンツを履いてる人なんか誰もいない。

みんな色白過ぎて足を出す自信がないのか……?と軽い気持ちでいたけど、非日常に浮かれてた僕は、それよりもガンダムやフジテレビの方が気になっていた。その後も、思い出すたび周りを見渡したが、そもそも短パンを履いてる人が見当たらない。どれだけ短くても7分丈のクロップドパンツだった。

「サーフパンツのこと、知らないんだな。流行りはいつもFINEBOYSが始めるが、すね毛を剃れみたいな目標を持って書くからみんなクロップドパンツしか履かない」

ガンダムに向かって叫んでみたものの、シャアは「四方から7分丈が来る」と、渋い口調で返してきた。どうやら竜宮城で過ごしていたあいだに、陸の時間は先に進んでたのである。

失意のもとガンダムを後にし、乙姫の実家へ向かった。出迎えてくれたお義父さんは本当にステテコだった。ステテコより、ここでも『7分丈』を見たことに驚いた。上に羽織った緑の服まで7分丈だったので、東京にも亀がいるのかと思うと、もうおかしくてたまらず「お嬢さんをください」ってセリフは沖へと流された。「こんな娘を引き取ってくれてありがとう」とペコペコ頭を下げてるお義父さんを見てたら、あれだけ甲羅に潜りたくなるほど悩んでいた時間も一緒に流れていった。


翌日は渋谷へ行くことにした。サーフパンツをこの日のために新調した。まだ濡らしたことがない、パリッとしたサーフパンツを履いたことで、僕はもう勝った気分でいた。

電車に乗っていた時から薄々感じてはいたが、やはりサーフパンツどころか短パンを履いてる人がいない。7月だというのにサラリーマンは汗水垂らしながらスーツを着てる。つくづく「スーツを着る仕事をしないで良かったなぁ」とあらためて感じた。

渋谷について、まずはハチ公と写真を撮った。そのあと、スクランブル交差点を何度も渡った。「何往復すれば気が済むの?」と乙姫には呆れられたが、どこかの角からサーフパンツが現れてもおかしくない気がしていた。

だけど、どれだけ渡ろうが見当たらない。そもそも日焼けしたギャルがいない。最初は平日だからか?と疑ったりもしたが、センター街に入っても、どこにも想像してたギャルはいなかった。

「原宿の方がいるかも」と乙姫が言うので行ってみることにした。途中の表参道を通ったとき、ここでは場違いだとさすがに気付いた。ウインドウに映った僕はひとり海帰りみたいだったのだ。煌びやかな通りをそそくさと後にし、竹下通りへと入ることにした。

何件か服屋さんも見て回ったけど、そもそもサーフパンツが売ってない。売ってるのはクロップドパンツだらけである。何より服屋さんである。もっと店員さんは声をかけてくるものだと思ってたのに、誰ひとりとして話しかけてこない。他のお客さんには接客してるのに、僕のところには誰も来ない。

沖縄ではこれが普通でも、原宿だとただの海帰りの兄ちゃんだ。どうやら玉手箱を開ける場所を間違えた……。ようやく気づいたのである。服屋に入る前に「お兄さん、超カッコいいじゃーん」とスカウトすらされなかった時点で気づくべきだった。

裏原にあった服屋さんに入ったとき、僕から店員さんに話しかけることにした。「東京ではサーフパンツは流行ってないの?」と聞いてみたら思いもしなかった答えが返ってきた。「ここは服屋ですよ」……知っとるわい!と心の中で軽くツッコんだが、ひとつ冷静に「今年の夏はサーフパンツが熱いって聞いたけど?」と確認した。すると「どこで流行ってるんですか?」……質問を質問で返された。

東京ではサーフパンツなんて流行ってなかった。るんるんな気分で新調したサーブパンツを履いてた自分が、とてつもなく恥ずかしくなってきた。オシャレにに見えた店員さんオススメのクロップドパンツなるものを一着買い、急いでその場で履き替える。ただ、鏡に映った足元は、海帰りよりも年齢が出たように見え、沖縄に戻ってから履くことは二度となかった。


沖縄は雑誌が遅れてやってくる。ジャンプは火曜日発売だ。あの日コンビニで手に取ったFINEBOYSは、いつの東京を載せていたのだろう。距離より先に、時間の丈がバグっていた。

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