持続可能な1000文字
「#未来のためにできること」というテーマを見たとき、文藝春秋に掲載されている未来まで見えた。20年以上、マリン業界で働いてきた私にとって、SDGsは切っても切り離せない関係である。
餌付け、サンゴの白化、海洋汚染、日焼け止め。海底から泡のように話が浮かび、今すぐにでも10本くらいは書けそうだ。
ところが応募要項には「1000文字以内」と書かれていた。ちょっと待って欲しい!持続可能を謳うなら、せめて文字数はもう少し持続させてくれないだろうか。
私は文章を綴るとき、海底2000文字、3000文字と、つい文字数を気にすることなくディープダイビングに興じてしまう。
思いついた話を追いかけ、途中で比喩という名の洞窟を見つけたら喜んで入り、関係ないウミウシをじっくりと観察し、帰りにオチまで拾って浮上する。
さらに言えば、アンカーを抱えて海中でブラックアウトしかけたり、浮上している最中に船のプロペラが目の前で回り出したこともある。そうそう、暴風警報発令中に「潜れ!」と言われ、ライセンス講習をやらされたこともあった。
死にかけた話をまとめるだけでも、文春から声が掛かりそうなのに「今回は、ちょっと1000文字で我慢してください」って、それは体験ダイビングではなかろうか。
たとえ、今日置いてきた話が、消えるわけでなくても、海底で次の出番を待っている間に、私の記憶が先にエア切れを起こすだろう。
ただ、私も長年、インストラクターとして海の魅力を伝えてきた。体験ダイビングくらいお手のものである。まず削るべき場所もわかっている。タンクへ無理くり詰め込んだこの比喩だらけな文章だろう。吸ったら最後、読者は潜る前から、水面で取り残されてしまう。
しかし、比喩が泡のように消えていったらどうなるか。ニモを「カクレクマノミです」としか紹介しない、教科書のようなガイドになってしまう。
それが持続可能か?私はリピーターを増やしたい。だから、ナンヨウハギもドリーと紹介したいのだ。
20年間、私は限りある空気で海を潜ってきた。今度は、限りある1000文字の海を潜ってみよう。もっとも、ここまで書いた時点で残圧計はレッドゾーンを指している。書こうと思えば、もう一つくらい比喩へ潜れそうなのに。
未来のためにできることは、
「次の一本を書きたくなる空気を残すこと」
インストラクターだった私は、それを「浮上」と呼んできた。

