記憶を辿ること/再会、北国にて。
過去の自分の記事を読み返すことをあまりしなくなっていました。
だから「お久しぶり」と開いてみるとそこには見覚えはあるけれどもう、ちょっと遠くなった風景があります。
この騒動(※当時の夫の不倫)の一番の害は、別居や離婚といった目に見えるものよりも、
「人をじる力」というものが弱くなったことなのかも知れません。
●少しの不安材料や疑念がどんどん膨らむこと
●無意識に最悪の状況を、丁寧に自分の中にイメージしてしまうこと
●そんなことを思う自分自身のことも嫌になって信じられなくなること
大きな裏切りにあったのだから当然でしょう?
と言われるかも知れない。
(中略)
損なわれた信じる力は、自分の中に在るものだから。わたしはもう一度、自分を知っていこうと思います。
風が吹いてきてそれに乗ってその頃のココロ模様が伝わってくるみたい。
およそ3年弱前に書いたこの記事を今読み返してみて“自分自身を信じる”という心の筋トレをこのころに始めたんだなぁと思い出します。
何か不安なことを前にしたとに“きっと大丈夫”と思えるかどうかは、その状況に居る自分を“わたしなら大丈夫、きっと何とかなる”と委ねられることが「自分を信じる」ことに繋がるのでしょうか。
毎年夏に日本に帰るなかで節々に気づきや発見があったりして「何重にも重なって今の心情に辿り着いた」とそのとき気がついたりします。
ドイツから日本と場所が変わることで、その場にいる自分が毎年少しずつ違っているのがよく判るからなのかも知れません。
訪れる場所から何か自分について新しいものを教えられるときもあります。
今夏、数年前から時々心に浮かびいつかまた行きたいな...と思う場所に行くことができました。
盛岡の五百羅漢。
その方々に会いたかった。
盛岡は看護学生時代の18〜21歳を過ごし、その後に上京してからも度々訪れた地で第二の故郷のように思っている場所です。
五百羅漢の存在を知り時々訪れるようになったのは20代の頃で、前回はいつ頃だったろうか...15年くらい前かも知れなくて、不思議と最近心に浮かぶことがありました。
いつ訪っても時間が止まったようにほとんど人もいない静かな空間の中に、しかしずっしりとした存在感で五百羅漢の方々はそこに座っておられました。
独りで心ゆくまで再会に浸り過去の時間のことも含めてお話させていただきました。
またいつかここに立つ自分の影を感じるまで居れた気がします。
ドイツに戻って来て、五百羅漢まで辿り着けたことも夢のように感じますが、確かにあの場所の空気を感じて佇んでいた時間があったことが、これからのわたしを勇気付けてくれる気がします。






いろんな方角を見るって大切だな...

左がマルコポーロ





5月頭に可憐な白い花を咲かす

地方裁判所の前庭なんですが...

と教えてもらい、久しぶりにその名前に浸る。
開運橋に立って“遠くまで来たと泣いて、別れ難いと泣き、また会えた”と三度くらい私も泣いたのかも知れない。初めて祖父と訪れた時にこの橋とそこからの
南部片富士(岩手山)の姿に感動した18の日が在った。
