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読書感想 『5A73』 詠坂雄二  「幽霊文字を扱かう独特な小説」

 確か、テレビのバラエティで紹介されていた。

 だから、その書籍の姿もわかる。その本の表紙には見たことがあるようで、見たことがない漢字が大きく印刷されているのが、見えた。

 それは、幽霊文字、と言われているものらしい。

 そんな存在があることも知らなかった。この小説が紹介されなかったら、ずっと知らないままだったのかもしれない。

  

 それが、この本のタイトルだった。



(※ここから先は、小説の内容にも触れています。未読の方で、情報を知りたくない方は、ご注意ください)。




『5A73』 詠坂雄二 

 は、「5A73」という記号で表されるが、読めないし、意味もない。

 それは、通称・幽霊文字と言われ、膨大な数のある漢字は時代の流れの中で整理されてきて、そうした作業の中で、ゲームでいえば、バグのように生み出されたものだと、初めて知った。

 結果、JIS漢字としてコードを与えられながら、音も意味も不明、あるいは採集以前には存在すらしない文字が紛れ込むこととなった。

(『5A73』より)

 この経過自体も、とても興味深く、幽霊文字は、実は他にも約10文字あるようだけど、この小説では「暃」(5A73)が選ばれた。

 それは、字体が罪に近く、一見、分かりそうにも思えるせいだろうか。何しろ、この幽霊文字という存在と、その経緯を知っただけでも読んだ意味があるように思えてしまったのは、その説明的な描写も表現が優れているからだろうと思う。

考えるための小説

 物語の中で、関連があると思われない連続不審死に、共通項があるのが発見される。

 それは、その体に「暃」という文字が残されていることだった。

 不審死と、幽霊文字。

 この2つの分からない要素が組み合わさって、その上、この捜査を担当する刑事が、こうした事件を担当するのに、ふさわし過ぎるタイプだった。

 端的に言うなら、二人は思索をもって捜査に当たる人員だった。

(『5A73』より)


 だから、この分からなさに対して、かなり純度の高い好奇心を持って、さまざまな思考を続けていく。

 それは、完成された、つまりは結論ではないから、その思索は広がり、深まり、そして、その持続的な運動のようなものが、読者にも考えることを誘導していくように思えてくる。

 考えて、次のページに進むと、自分の思考では届かなかった方向へ話は進んでいく。

 幽霊文字という、読めないし、意味もない存在を土台にしているのだから、謎は謎のまま、ずっとゴールもなく、考え続けるしかないのだろうか。という先の見えない思いにもなるが、考えること自体が目的の小説とすれば、とても優れているのではないか、と思い始める。

 あちこちに思考が連れて行かれて、それは幽霊文字という存在を中心にしただけに、その甲斐のある展開を見せてくれたし、残りページも少なくなったので、このまま謎を強化して終わるのだろうか、と思わせるくらいだった。

 それでも、よかった。

 というよりは、あとは自分で考えても十分ではないか、という気持ちになれ、終盤まで、読んでよかった、と思えていた。

わかることの功罪

 300ページまで、考える小説として進んできたのだけど、最後の章「始末」。それもあと40ページ足らずで、ここまでとても広い思索をさせてくれたのに、急激にすべての謎が解かれていく。

 しかも、小説の中に作家の詠坂雄二が登場し、この『5A73』を書いた理由まで明らかにされる。

 こうした、これまで謎と思えたものが、わかった途端に謎でなくなり、輪郭がはっきりし、そのことで、わからなさと共にあった不気味さや怖さにも、明るい光が照らされて、その全貌が明らかになる。

 すると、それまで感じてきた考え続けること自体の妙な嬉しさのようなものが減少するような気がしたし、その「始末」は、できたら、こういう方向で謎が明らかになってほしい、という願望とは、個人的には全く違うものだった。

 それは、読者に嫌われる「夢オチ」のような気配もあったから、もし、余裕があれば、小説を読み終えてから、この作品のレビューも読んでもらえたら、この最後のところについて、どのような評判かわかると思うが、でも、わかるということは、こういうことかもしれないと思った。

 最後に犯人がわかると、怖くなくなる。

 結末で、その犯行の方法と理由が分かれば、急にこれまでの印象までが変わってしまう。

 でも、分からないままだと、そのあいまいさに耐えられない人も出てくるかもしれない。

 だから、どんな結末であったとしても、全員が満足することはなく、わかるというのは、夢から覚めるようなもの、と作者が伝えたかったのかもしれない。などと思ってしまったりするのは、そこに至るまでの過程が、とても緻密で執念を感じさせる構成だったせいだ。

この小説を読む前提

 結末について、読まなければよかった、と思う人もいるかもしれませんが、それでも、それを前提としながらでも、その過程を楽しめる、というのであれば、とてもおすすめできる作品です。

 全体に漂う、微妙なぎこちない暗さのようなものも、魅力的だと思いました。


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