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とても個人的な音楽史④「サンボマスター」 太い輪郭

 何も先に希望がなかった。
 そんな時が、誰にでもあると思うのですが、本当に追い込まれて、すごく底の底までいって、(その頃はシド・ヴィシャスの声が頭に流れて、支えてもらっていました。ここに詳細を書きました。よかったらクリックしてください)やっと抜けたとしても、そこから、特に好転するわけでもなく、辛さは軽くなっても、薄暗い道を淡々と、ただ下を向くようにして、歩き続けているような時期だった。それは、自分にとっては、2003年くらいの時だった。

 自分が弱いだけで、大げさに伝わるかもしれませんが、本人の感覚としては、底におちたと思ったら、さらに底があり、また底まで滑り落ちて、というような、とても混乱した時期をやっと通り過ぎ、やっと上がってきたら、まだ普通の底に戻ってきただけだった。

 結局は、介護に専念する日々が続くだけで、それはいつまで続くか分からなくて、先に何もなかった。自分も、ただ老けていくだけで、母の入院する病院に通い、帰ってきて、義母の介護をして、だんだん眠るのが遅くなった。妻と二人で介護をしていて、私は夜間の担当だった。それ以前から、夜型の生活をしていたせいもある。ただ、だんだん義母のトイレのリズムも変化してきたので、それに合わせて、午前4時過ぎくらいの就寝時刻になっていた。

夜中に見たサンボマスター

 最初は、そんなに遅くまで起きていられないと思っていた。
 バイブアラーム機能のあるGショックを買って、夜に布団で横になり、次に義母のトイレに行きそうな時刻にアラームをセットして、隣で妻が眠っているから、バイブでそっと起きて、ということをしていたが、そのうちに、夜中の4時くらいまでは、眠くならない体になっていった。人は適応すると思っていた。

 夜中のテレビを見る時間が長くなった。
 深夜のアニメに、少し詳しくなった。
 夜中しかやっていないようなテレビ番組を見ていると、感覚的には、自分の若い時の気持ちに、ちょっとだけ近づいた気がした。

 見たことのないバンドを見るのも、深夜が多かった。
 若くて、見たこともない人たちが、初期衝動などとあえて言わなくても、演奏に歌に、普通にあふれているのを、見ているだけで、聞いているだけで、微妙に気持ちに刺激が与えられる気がしていた。それは、どこか気持ち悪いことかもしれないけれど、今、生きていて、若くて、現役の演奏に触れることで、そして、その成長も含めて見ていくことで、少しでも希望が持てて、これ以上、老け込むスピードを、ちょっとだけでも遅らせられるのではないか、と欲張りで、切実な気持ちで見ていた。

 その日も、夜中に音楽番組をやっていた。
 その中で、いくつかのバンドが気になった。
 よかったら、CDを手に入れて、iPodに入れて、母の入院する病院に通う時間で聞いて、気持ちの底を支えてもらおうという、人任せで、浅はかな気持ちもあったと思う。

 最後のほうで、もっさりした印象のバンドが出てきた。
 深夜の深い時間。
 ボーカルが、ギターを高い位置で構え、演奏を始めた瞬間、明らかに存在の輪郭が急にくっきりとして、太くなった。
 やや頭がぼんやりしていたのに、目が離れなくなっていた。

 です、ますの丁寧語なのに、歌う前に何か叫ぶように言っていて、何を言っているのか、よく分からないのに、もう気持ちを持っていかれていた。

「そのぬくもりに用がある」。
 サンボマスター。

 それまで名前をメモしていたバンドのことが、申し訳ないのだけど、どこかへ行ってしまっていた。

新しき日本語ロックの道と光」を聞いた。
 本当に新しい日本語ロックが生まれつつあるのだとまで思えた。

変わらないサンボマスター

 それから、ずっとサンボマスターは変わらなかったと、思う。
 ただ、まっすぐに言葉を、気持ちを、伝えようとしていた。
 ライブに行くわけでもないから、そんなに熱心なファンとも言えないのに、サンボマスターの音楽が流れてくると、強制的に、気持ちを奮い立たされるように感じていた。

 時々、テレビなどで見かけるボーカル/ギターの山口隆は、演奏だけでなく、語りも情報量と熱量が過剰だった。音楽番組でギターを弾くと、ホストのベテランミュージシャンがひくくらい、一瞬で演奏にのめり込み、高い技術を見せていたし、レジェンドといえるロックミュージシャンと何組かが共演する番組では、山口だけが、遠慮なく、本当に対等に歌っていて、だけど、それはそのレジェンドを本気で信じている姿勢にも見えた。

 ドラマ「電車男」の主題歌も担当し、メジャーな存在にもなっていった。東日本大震災のあと、山口が福島出身ということもあって、福島と何度も呼ぶ歌を歌い、それは美しいメロディーだったが、紅白に「猪苗代湖ズ」として出演し、視聴者の一部がひくくらい、魂を込めて歌って、演奏していた。

 サンボマスターが、すごくおしゃれになったりすることはなかった。もちろん画面などを通してしか見ていなかったのだけど、本当に変わらなかった。いつも熱量が高かった。ベテランの落ち着きは、無縁に見えた。

 気がついたら、サンボマスターの輪郭が太くなる瞬間を、夜中に見てから、10年以上がたっていた。サンボマスターを1日に何度も聞いていたような時期は、申し訳ないのだけど、過去になっていた。母は亡くなったが、義母は100歳を超え、まだ介護は続いていた。

 勝手な話でもあるのだけど、あれだけすごいと思ったサンボマスターが、いつも同じに聞こえてしまうようになった。

サンボマスターの武道館

 その頃、夜中の午前3時を過ぎたラジオから、大きいだけでなく、熱量の高い会話が聞こえてきた。サンボマスター、山口と、銀杏BOYZの峯田和伸だった。男子の悪ふざけとしか思えない瞬間も多かったけれど、つい聴き続けてしまっていて、その中で、山口の口から、武道館でやります。今までライブハウスが最高だと思っていたんだけど、ポールマッカートニーがよかったんだよね、それに、武道館のスケジュールが空いている日が、メジャーデビューの日と同じ日だったから、といったことを高いテンションで語っていた。なんだか意外だった。だけど、その時、今まで行ったことのなかった武道館に行こうと決めていた。たぶん午前4時は過ぎていたと思う。

 2017年12月3日
 最寄りの駅で降りてから、初めての武道館までは、意外と近い場所だった。サンボのグッズを着ているファンが何人も歩いている。ゆるく集団のように歩いて行って、武道館の屋根が見えた時、あれが玉ねぎか、サンプラザが歌っていたよね、と、20代くらいの女性が言うのが聞こえてきた。武道館が近づく。ライブの前に、グッズを買おうと思って、ショップに並ぶ列を見たら、武道館をグルッと囲むくらい人が並んでいて、あ、こんなにと思って、驚きと共にあきらめた。ただ、当たり前だけど、まだ人がたくさん来る力があるんだと思った。

 武道館の中に入る。席に行くまでにいろいろな係の人がいる。 
 2階席だから、座って見られそう、と思っていたけど、始まったら立たないと見られなかった。そのうちに、恥ずかしいけど、ずっとあおってくる山口のボーカルにつられて、腕をあげていた。言葉も強いし、歌も2階まで届いてくるし、やっぱりすごいんだ、というのと、ずっと本気だったんだ、と改めて感心もした。

 途中、山口のMCで、今日は10代から、55歳より上の人も来てると思うんだよな、と話していて、気持ちの中で「当たり」と言っていた。
 時々、武道館が、大きな一つの部屋のように思えた。

 曲の途中で演奏を止めて、沈黙が続く時があった。かなりの時間に思えた。観客の一人が泣いていたから、泣きやむのを待っていた、といったことを山口が言い、また演奏を始め、歌を歌い始めた。

 終わったあと、頭痛が出て来た。このところずっと体調が悪いから、疲れたのかもしれないが、それでも、行ってよかった。Tシャツも欲しかったけど、ライブが終わった後も並んでいたし、あきらめた。

 3時間。3人でずっと演奏を続け、何の飾りもないまま、その熱量は変わらなかった。
 彼らも、全員、40歳を過ぎているはずなのに。
 
 音楽で君を救いにきたよ。

 サンボマスターは、最初から、ずっとそれだけを伝えているのかもしれないと思った。
 だから、変わらないように見えて当然だし、同じに感じても自然かもしれない。

 そんなきれいごとばかりじゃない、というような思いが、自分の中でも起こるのだけど、サンボマスターは、10年以上、それを続けてきて、何の曇りもないように見えた。
 すごいことだった。

 ラジオで、テレビで、街中で、もしくは、どこか意外なところで。
 サンボマスターの演奏が、山口隆の声が、耳に届く時は、そんなに熱心なファンではないのだけど、その瞬間に「あ、サンボだ」と心の中で言うと思う。
 そして、そのたびに、まだ自分の中に、肯定する力があることを、その一瞬だけでも、確認できるはずだ。それは、やっぱりありがたいことだと思う。



(他にもnoteを書いています↓。よろしかったら、クリックして読んでもらえると、幸いです)。


とても個人的な音楽史③「シド・ヴィシャス」の「マイウェイ」。

とても個人的な音楽史②甲本ヒロトの歌声

とても個人的な音楽史①ボブ・ディラン

マラドーナの、異質な行動の意味を、考える。 1994年と、2010年のW杯。

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#ロックンロール   #猪苗代湖ズ #一度は行きたいあの場所






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