パワハラ社長に損害賠償請求して「4ヶ月・半額和解」で終わらせた話
「成長できる環境」だと思っていたら、逃げ場のない構造に閉じ込められていました。
パワハラ社長のもとで壊れ、実際に訴えて和解するまでの記録です。
和解までにかかった期間と金額、その現実的な落としどころを書きます。
クーロンです。
これは、10年以上前の話です。
この記事を書くにあたって、当時のメモを読み返しました。
正直に言うと、あまり気分のいい作業ではありません。
当時の感情が、そのまま蘇ってくるからです。
それでも書こうと思ったのは、同じような状況にいる人にとって、何かしらの判断材料になるかもしれないと思ったからです。
■社長が現場に口を出す会社の“本当の危険性”
この会社の特徴ははっきりしていました。
社長が、現場に強く口を出すことです。
ただ、「社長が口を出す=悪」ではありません。
問題は、
「責任を持たないのに意思決定だけする状態」になっているかどうかです。
この会社は、完全にその状態でした。
社員が出した見積もりを勝手に修正する。
進め方を否定する。
でも、その結果については責任を取らない。
現場の判断基準が、どんどん壊れていきます。
■人が辞め続ける会社で起きていたこと
もう一つの特徴は、人の入れ替わりの激しさです。
月に5人、多いときは10人くらい辞めていました。
今思えば異常です。
ただ、スタッフ同士の仲は良かったんです。
不思議な結束力があって、「ここさえ乗り越えれば」と考えてしまった。
これもよくある罠です。
■「成長できる環境」だと思っていた
そんな中で、あるプロジェクトにディレクターとしてアサインされました。
さらに、外部の有名ディレクターが“ご意見番”として関わることになります。
正直、チャンスだと思いました。
ここで学べば成長できる、と。
でも実態は違いました。
その人は「作る側」ではなく、「意見を言う側」だったんです。
つまり——
土台は全部、自分で作らなければいけない。
しかも、その土台に対しては
社長と外部ディレクターの両方から意見が飛んできます。
判断権はないのに、責任だけがある状態でした。
■逃げ場がなくなった瞬間
ある日、アシスタントとしてついていた2人が外されました。
その結果、
仕様作成から進行管理まで、すべてを1人で担うことになります。
ここが分岐点でした。
■なぜここで動こうと思ったのか
ここまでの状況で、正直かなり消耗していました。
ただ、それでも「もう辞めよう」だけでは終わりませんでした。
なぜ、わざわざここから動こうと思ったのか。
一番大きかったのは、自分のためだけではなかったからです。
同じ職場で働いていたスタッフが、次々と辞めていきました。
理由ははっきりしています。
社長からの罵倒です。
実際に、体調を崩して辞めていく人もいました。
それを見ているのが、正直きつかった。
この会社は、社長以外に大きな不満はありませんでした。
だからこそ、この状態を「仕方ない」で終わらせるのは違うと思いました。
もちろん、何かを大きく変えられるとは思っていません。
ただ少なくとも、
「何もなかったことにはしない」
という選択はできるはずだと考えました。
正直に言えば、感情がなかったわけではありません。
このまま終わらせたくない、という気持ちもありました。
でも最終的に選んだのは、
「感情をぶつけること」ではなく、
「記録を残して、手続きを踏むこと」でした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この先では、
・実際に壊れた瞬間に何が起きたのか
・どうやって証拠を集めたのか
・4ヶ月で和解するまでの具体的な流れと判断
を、かなり具体的に書いています。
「自分が同じ状況だったらどう動くか」を考える材料にはなるはずです。
ここから先は
¥ 500
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!
