「恋愛感情で好きになった」と言われた話。#3
人通りの少ない場所で、Sはわたしを待っていた。
さっきまでステージの上で歌っていた人なのに、別人みたいだった。
ライブ中のSは、いつも眩しかった。
ファンの視線を全部受け止めるみたいに笑って、ステージの真ん中に立っていた。
でもその時のSは、落ち着きなく視線を泳がせていて、わたしの顔をほとんど見なかった。
なんだか変だった。
少しだけ安心した。
アイドルなのに、ちゃんと緊張するんだなと思った。
「ごめん、急に呼び出して」
そう言ってから、Sはしばらく黙った。
夜の街は静かで、遠くの車の音だけが聞こえていた。
その沈黙が妙に長く感じた。
そしてSは、小さい声で言った。
「恋愛感情で好きになった」
少し間を空けて、
「もしよかったら、付き合ってほしい」
と続けた。
頭が真っ白になる、という表現は大げさだと思っていた。
でもあの時だけは、本当にそうだった。
何を考えればいいのか分からなかった。
嬉しくなかったわけじゃない。
むしろ嬉しかった。
好きな顔の人に好意を向けられるなんて、普通に嬉しい。
そんなの、当たり前だ。
でも、それだけじゃなかった。
わたしは困っていた。
というか、自分の気持ちが分からなかった。
だってわたしは、推しと付き合いたいと思ったことがなかったから。
Sの顔が好きだった。
歌って踊っている姿が好きだった。
ライブ中の表情も、レスの仕方も好きだった。
でも、それは全部“アイドルのS”の話だった。
恋愛対象として好きだったかと言われたら、たぶん違う。
もちろん、全く意識していなかったわけじゃない。
毎週のように会っていた。
名前を呼ばれて、話をして、何十枚もチェキを撮っていた。
そんなことを繰り返していたら、自分が少し特別なんじゃないかと思ってしまう瞬間くらいある。
でも、それと恋は少し違う気がしていた。
だから、すぐには返事ができなかった。
Sはずっと落ち着かない様子で、
「急にごめん」とか、
「困らせたいわけじゃない」とか、
同じようなことを何度も言っていた。
たぶん、わたしよりSの方が緊張していた。
わたしは少し考えてから、
「すぐには返事できない」と伝えた。
それから、
「また会った時にちゃんと話したい」とも言った。
Sは小さく頷いた。
その時の表情を、わたしは今でも覚えている。
安心したような。
少しだけ期待しているような。
そんな顔だった。
その日は少しだけ話をして別れた。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔をぼんやり見ながら考えていた。
推しに告白されるなんて。
きっと、たくさんのオタクが一度は想像することだと思う。
夢みたいな話。
なのにわたしは、思ったより浮かれていなかった。
嬉しいはずなのに。
心臓はちゃんと速くなっているのに。
どこかでずっと怖かった。
たぶんわたしは、その時気づいていたんだと思う。
もし付き合うことになったら。
わたしが好きだった“アイドルのS”は、もう見られなくなるかもしれないって。
