「“嫌われるかもしれない話”がある」と言われた話。#2
Sに「彼氏いるの?」と聞かれたのは、通い始めて2ヶ月くらい経った頃だった。
もちろんいなかった。
というか、平日は仕事終わりに、休日は昼からライブ、毎回チェキを積んでいる時点で、まともに恋愛する余裕なんてなかったと思う。
だからわたしは、
「いないよ〜」と軽く答えた。
Sは「そっか」と笑っていた。
その時は特に気にしていなかったけど、今思えば、あの頃から少しずつ空気が変わっていたのかもしれない。
特典会で話す内容が、ライブの感想だけじゃなくなっていった。
「今日髪型ちがうね」
とか。
「最近ちゃんと寝れてる?」
とか。
そんな、どうでもいい会話。
でもその“どうでもいい”が、なんとなく嬉しかった。
とはいえ、わたしはあくまで、
“認知されてるオタク”
くらいにしか思っていなかった。
メン地下って距離が近い。
だから勘違いしそうになる瞬間がたくさんある。
優しくされると、「もしかして」って思ってしまうし、目が合うだけで特別な意味を探したくなる。
でも、そういうのを本気にしたら終わりだと思っていた。
だから、自分だけはちゃんと線を引こうとしていた。
そんなある日のライブ後。
いつも通り特典会に参加していると、Sが急に、
「今日、話したいことがある」
と言った。
その瞬間、空気が少し変わった気がした。
わたしが「え、なに?」と聞くと、Sは珍しく真面目な顔をして、
「話したら嫌われるかもしれない」
「めっちゃ緊張する」
と言った。
ライブ中はあんなに余裕そうなのに、その時のSは、本当に緊張しているみたいだった。
その空気につられて、わたしまで急に緊張してしまった。
チェキの会話どころじゃなかった。
するとSは周りを見ながら、
「誰かに聞かれるとまずいから、ちょっと奥行こう」
と言って、ステージ裏の方へ移動した。
ライブハウスの奥なんて、普通のオタク人生で行く場所じゃない。
その時点で、かなり意味が分からなかった。
しかもSは、小さい声で、
「今日このあと予定ある?」
「22時に終わるから、近くの○○で待っててほしい」
と言った。
正直、その時のわたしは、まだ全然理解できていなかった。
頭の上どころか、顔面にでっかい「?」が浮かんでいたと思う。
本来なら、わたしはこのあとも特典会をループする予定だった。
でも、
「あとで会えるならまあいいか」
くらいの軽い気持ちで、そのまま会場を出た。
指定されたカフェで時間を潰しながらも、ずっと落ち着かなかった。
なんなんだろう。
怒られるのかな。
もしかして運営の話?
いや、でも“嫌われるかもしれない”って何?
いろんなことを考えていた。
そして22時を少し過ぎた頃。
知らないアカウントからDMが届く。
「お待たせ!〇〇に来てほしい!」
さすがにその時、
「あ、これ普通じゃないな」
と思った。
指定された場所へ向かうと、人通りの少ない場所でSが待っていた。
ライブ終わりなのに、ステージの上にいた時とは全然違う顔をしていた。
キラキラしたアイドルじゃなくて、ただの22歳くらいの男の人に見えた。
その瞬間、少しだけ怖くなった。
