なんのはなしですか。【長編小説】7
ほどなくして注文していた品が届き、女性は何やら店員と仲良さそうに話している。
「春キャベツ見ると何だか幼い頃の息子の頭を思い出しちゃうんですよね」
宮下は女性の話に気を取られ、串焼きを食べていた手が止まる。春キャベツと息子の頭?何の話だ。どういうことだ。宮下には全くもって繋がりが分からなかった。宮下は直感的に思った。この女性は中毒者に違いないと。
「春キャベツのあの隙間のある感じ、まるで幼い頃の息子の大泉門のようで、つい」そう言いながら女性はクスクスと楽しげに笑う。
宮下は確信した。そして、さりげなく少し後ろへ椅子を下げる。女性の方へやや体を開くように斜めに座り直すと、串焼きを食べるついでにチラッと女性の様子を伺った。
女性は橙色のゆるっとしたロンTで、丸い縁のメガネをかけており髪の毛を後ろでくくっている。話から推測するに母親であり、主婦の息抜きといった感じか。
宮下が食べ終えた串を串入れに刺そうとした時、女性も同じ串入れへと手を伸ばした。
「あ、すみません」宮下が咄嗟のことに謝る。
「あ、いえ、こちらこそ」女性も軽く頭を下げる。
「どうぞ、使ってください」宮下は自分の串を取り、串入れを女性へ差し出した。
「すみません、お気遣いありがとうございます」
女性はそう言うと静かに筒の中へ串を入れた。
「あの…ちょっといいですか」宮下が訊く。
「え?はい、何でしょう」
「いえ、その先ほど聞こえてきた話が気になってしまって…」宮下は少し頭を掻きつつヘコヘコと尋ねた。「春キャベツと大泉門っていったい、なんの話ですか」
その途端、「あぁ」と女性の表情が少し明るくなる。
「いえ、あれは…なんの話なんですかね」そう笑いながら女性は続けた「赤ちゃんの頃って頭蓋骨に隙間があって、それが大泉門って言うんですけど、まるで隙間のある春キャベツの形みたいに歪なんです。それで、ウチのキャベツ君は頭の形を整えたり、他にも視力を他の物で補ったり、歯並びを綺麗にしたりと色々手間暇加わっていて」ふふと女性は笑った。
「なるほど、そういう事でしたか。すみません、つまらないこと聞いてしまって」宮下は相変わらずよく分からない話に納得した。
「そんな事ないですよ、こういう話をするのも面白いので」女性はニコやかに微笑んだ。
「それならよかったです。僕は宮下って言うんですが、またどこかでお会いするかもしれませんし、ご迷惑でなければお名前をお伺いしてもいいですか」
宮下が名前の開示を行うと「大丈夫ですよ」と女性も快く応じた。
『おすぬさん』頭上にはそう表記されていた。
「えーっと、おすぬさんでよかったですか」宮下が訊く。
「はい、大丈夫です。宮下さんですね」
宮下はお互いの自己紹介が終わると酒場を後にした。時刻は午後10時をすでに回っていた。情報としては大きな収穫だったに違いない。スマホのメモに詳細を書き記していく。とりあえず報告はまた明日することにして、宮下は帰路へついた。
次へ続く
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