なんのはなしですか。【長編小説】32
本部に着くと、先に戻っていた榎本が椅子の背に身を預け目をつぶっている。
「榎本さん、どうしたんですか。なんかお疲れみたいですね」宮下が訊く。
「あぁ、もう、今日の分のエネルギーは使い果たした」榎本はぐったりした様子で言った。
「そんなにヤバい難民だったんですか?」
「…ミルコだ。そして奴に扇動された難民が3人。全員イカれていた」
宮下は察した。
「それはご愁傷様でした」宮下はそっと目を閉じた。
「その3人の中に例の寿司柄スカート姉もいた。ティコと言うらしい。しかし詳しい情報までは得られなかった」
「そうなんですね…」
「あとは受け売り講師のナウシカという女性とティコの旦那であるムックリ演奏兄だ。ムックリ演奏兄の方は楽器に取り憑かれていて、名前は確認できていない。髪が水色クル天パツーブロ片流しで、おかしな生き物のTシャツを着ていた」
まただ、見た目の情報量が多すぎる。もう外見からしてイカれているのか。
「お疲れ様でした」
宮下は榎本を心から労った。
「お前の方はどうだったんだ」榎本が訊いた。
「僕の方も収穫はありました。酒場の前の通りで難民達が展覧会を開いてました」
宮下はそう言うと持ち帰ってきたパンフレットを榎本に渡した。
「例のタグに関する展覧会か。こっちもだいぶイカれているな。それにしてもこんなに素晴らしい作品を路地裏で披露するなんて、少々もったいないんじゃないか?」榎本はパンフレットをまじまじと見ながら言った。
「僕もそう思いました。なぜ表通りで出さないのか。しかし、奴らは奴らなりに繋がりを作り楽しんでいるようでした」
「類は友を呼ぶ、か」榎本はパンフレットを机に置いた。
「そうかもしれません。全員難民リストに追加しておきます」
「あぁ、頼んだ」
宮下はパソコンを開きリストに打ち込み始めた。
『難民リスト』
0.(大将)コニシ木の子
(割愛)
14.(寿司柄スカート姉)ティコ&(ムックリ演奏兄)夫
15.(受売講師)ナウシカ
16.(賑やかし帯)いつき
17.(書画)ねんねん
18.(マッキー細)けい
19.(AIイラスト)春永睦月
20.(オールマイティ)3.7
もう、20人か。いったいどこまで増えるんだ。榎本は吸いかけの煙草を灰皿で潰した。
「宮下、今夜の捜査は止めだ。今日はもう、頭が回らない」
「コニシの記事の確認とミルコとその仲間達に、そうとう持っていかれたんですね」
「あぁ、もう今日の俺には何も残っちゃいない」
榎本は遠い目をしていた。
「分かりました。ここで一度しっかり休んで回復しましょう」
「そうだな。すまないが、そうさせてくれ」
榎本はジャケットを手に取ると、とぼとぼと帰って行った。どうやら相当参っているようだ。
宮下も今夜はゆっくりと休息をとり明日に備えた。
*
翌朝、本部へ出勤するとワクワクさんから連絡が入った。スキャナーの件だ。2人はすぐさまNHKへと向かった。
指定さた部屋へ入ると、既にワクワクさんが待っていた。
「急なお呼び立て申し訳ありません。例のスキャナーが完成しました」
ワクワクさんはスキャナーを机に置いた。それは、薄型の長方形で掌より一回り小さな機械だった。
「これは、どういうふうに使用するんでしょうか」榎本が訊く。
「使い方は簡単です。スキャナーを握った状態で先端にあるレンズを相手の目へ向けてください。ただし至近距離でしっかりと眼球でレンズを覗く必要があります」
「なるほど、それでそこのスイッチを押せばいいんですね」
「はい。そうすることで、眼球を通してスキャンされた相手のウイルスデータを検出することができます。検出されたウイルスデータの詳しい情報については専用のスマホアプリにて確認する仕様となっています」
ワクワクさんはスキャナーの使い方を実演し、アプリケーションを榎本のスマホへ転送した。
「これは我々のように感染が疑わしい場合でも反応するのでしょうか」宮下も食い気味に質問する。
「いえ、残念ながらこれまで確認されている既存のウイルスで動物実験を行いましたが、どれも発症後のウイルスしか検出できませんでした」
「なるほど…そうですか…」宮下は肩を落とした。
「まぁ、いい。疑わしい発症者は特定できている。奴らをスキャンすれば全てが分かる」
榎本が鋭い眼光で宮下を見る。
「そうですね。さっそく路地裏へ向かいましょう」
宮下もそれに応えるように目を細めて言った。
*
2人はスキャナーを受け取り路地裏へ向かった。
「昨日遭遇した新しい難民だけで7名だ。一昨日のWB㈱記者会見やИНK放送によって、難民が急速に増えたと考えられる。まずい状況だ。一刻も早く原因を突き止めるぞ」
榎本の歩くスピードがいつにも増して速い。それだけ焦っているということだろう。宮下も榎本の後を追った。
榎本は歩きながら話した。
「ウイルスであった場合、発症している可能性が高く、遭遇率も高い奴らは2人。ミルコとpersiだ。特にpersiにおいては自ら感染していると証言している」
「そうですね。ミルコは路地裏の奥でホーミーしている頃でしょうから、そこへ辿り着く前にpersiも探しましょう」
宮下は周囲を確認しながら足を進めた。
路地裏の喫茶店の辺りで、女性が1人、塀の上に乗っている猫にカメラを向けている。
女性は「こんにちは。可愛いね」と猫に話しかけていた。
難民とまではいかないか。一般人かと、過ぎ去ろうとした時、女性がしっかりした声で詠んだ。
「散歩道、一匹の三毛、はいチーズ、スマホ向けたらひょっこり上から」
2人は歩くのを止めて振り返った。宮下は榎本と目を合わせる。特に言葉を交わすわけでもなく、榎本は先を急ぎ、宮下は女性へ近づき声をかけた。
「すみません。素敵な短歌だったので、つい足を止めてしまいました」
「え、あ、ありがとうございます」女性は驚いたようにかしこまった。
「ちなみに今はお散歩中か何かですか」宮下は訊いた。
「あ、はい。ヤギさん郵便も兼ねて散歩しています」
女性は肩に斜めがけしていた鞄を持って少し上げて見せた。
ヤギさん郵便?そんな郵便局は存在しないはずだ。やはり、この女性も難民の可能性が高い。
「なんの話ですか?ヤギさん郵便とは」宮下が訊く。
女性はパッと明るい表情になり話し始めた。
「これは、私の記事を紹介してくれた人を、私が紹介することで、相手がまたそれを紹介してくださる。というご紹介ループの事です」
宮下は理解するのにやや時間を要した。
「つまり、なんの話しか分からない手紙交換と…」
「はい。まぁ、そういった感じですね」と女性は笑った。
たしかに白ヤギさんと黒ヤギさんの歌はなんとなく聞いたことがある。たぶんそういうことだろう。宮下はよく分からないが納得した。
「手紙良いですよね。僕もたまに書きます。僕は宮下と言うんですが、よろしければお名前教えて頂けませんか?」
そう言うと女性は快く名前を開示した。
「羽根宮糸夜と言います。よろしくお願いします」羽根宮は明るく微笑んだ。
「羽根宮さん。ちなみにお伺いしたいんですが、この辺りでスキンヘッドの髭が生えた男性を見ませんでしたか?」
羽根宮は少し考えると思い出したように言った。
「そういえば、少し先の空き地で猫と何か話している男性は、そんな感じだったと思います」
「空き地ですね。すみません、ありがとうございます」
少し先となれば、榎本さんが先に奴へ辿り着いている可能性が高い。宮下は羽根宮と別れて路地裏を進んだ。
*
女性は宮下に任せて、榎本は先を急いだ。数分ほど歩いた先の空き地にpersiを見つけた。
やはり今回も猫へ話しかけている。榎本は慎重に近づいた。
「persiさん、お久しぶりです」榎本が笑顔で話しかける。
「榎本さん、お久しぶりですね」persiも笑顔で答えた。
「猫とは意思疎通ができるんですか?」榎本が訊く。
persiは例の如く笑顔で言った。
「ニャンの話ですか?」
榎本は動じることなく答えた。
「やはり、ニャンの話ですか。今日も絶好調ですね」
persiはハハハと笑うと、榎本へ訊いた。
「今日はお休みですか?」
「いえ、まだ仕事中でして。そうだ、ちょっとpersiさんにご協力をお願いしたいことがありまして」
榎本がかしこまったようにpersiへ訊く。
「ほう?何のご協力ですか?」persiは首を傾げた。
「私、仕事で目の色の研究をしているんですけど、皆さんがどんな色なのかサンプルを集めているところでして、よろしければ目の色をこちらの機械で確認させて頂けませんか?」
榎本はポケットからスキャナーを取り出し、persiへ見せた。
「構いませんが、どうすればいいんですかね?」
「このレンズの部分を覗いて頂くだけです」
「なるほど、分かりました」
榎本はスキャナーを持つとpersiの眼にレンズを向けた。persiが覗き込んだのを確認しスイッチを押す。直後に青い光線がpersiの眼に放たれた。
榎本はスキャンを終え、アプリで確認した。アプリには検出中と表示されている。
「ご協力ありがとうございました」榎本は笑顔で言った。
「いえ、このくらいのことで良ければいつでも」persiも笑顔で答えた。
榎本はpersiの元を離れた。それから宮下へ、persiのスキャンが終え、空き地の先の道で待っている旨をメッセージで伝えた。
*
宮下は榎本からメッセージを受け取り、現場へ急いだ。待っていた榎本は険しい顔をしている。
「宮下、残念だがpersiからウイルスは検出されなかった」
宮下は愕然とした。やはり、あの予測は間違いではなかったということか。
「榎本さん、これからいったい、どうするつもりですか」
「そうだな…案の定、微かにホーミーが聞こえる。もう一度、次はミルコへ試してみてウイルスが見つからなければ、この線はハズレだ」
「分かりました…」
2人は重たい空気のまま、ホーミーのする方へ歩き出した。
いつもの池の辺にミルコはいた。相変わらず奇怪な声を出している。
宮下は離れた所のベンチに腰掛けた。榎本がミルコへ近づく。
「ミルコさん、こんにちは」
ミルコは振り返ると「あら、どうも」と笑った。
「今日もホーミーを?」
「えぇ、これが私の日課なんです」ウフフというようにミルコが微笑む。
なんて、恐ろしい日課だ。それを受け入れる周りも恐ろしい。しかし、今はそれどころではない。ミルコをスキャンする。それが今回の目的だ。
「素敵な日課ですね。あ、そうだ、ミルコさん。私今、皆さんの目の色についての研究をしているんですけど、よろしければミルコさんの素敵な目の色も、サンプルとして詳しく見せて頂くことはできませんか?」榎本が笑顔で訊く。
「あら、面白そうね。どうぞ、お好きなだけ見ていってください」
そう言うとミルコは自身の眼を指でかっぴらいて榎本へ向けた。榎本は思わず気圧され一歩後ろへ引いた。
「あ、ありがとうございます。では、失礼して…」
榎本はミルコの眼をスキャンした。
「これだけでいいんですか?」ミルコが訊く。
「はい。ご協力ありがとうございました」榎本は頭を下げた。
宮下は榎本がスキャンを終えた事を確認すると、元来た道へと先に戻った。
榎本が遅れて宮下の元へやってくる。
「どうでしたか、榎本さん」
「あぁ、スキャンは問題ない。ウイルスは…」
アプリの検出中の文字が消える。そこに表示されたのは『Not a virus』つまり、ウイルスではない。
「違ったようだな」
宮下はがっくりと肩を落とした。
「仕方ない。しかし、ウイルスでないと分かっただけでも大きい」
「あと考えられるとしたら有力なのは洗脳というわけですね」
「あぁ、そうなるな。昼を食ったら、もう一度路地裏を当たるぞ」
「分かりました」
2人は昼食として人気の中華料理屋へと向かった。
次へ続く
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