なんのはなしですか。【長編小説】22
宮下が本部へ戻ると、腕を組んだ榎本が煙草を咥えながら険しい表情を浮かべていた。
「榎本さん、お疲れ様です。なんか表情怖いですけど、難民ヤバかったんですか?」
榎本は煙草を吹かせながら言った。
「素敵な女性だった」
宮下は、思わず目を丸くした。難民なのに素敵な女性とは、いったいどういうことか。
「榎本さん、もしかして、また女の人に見惚れてたんですか」
「またとはなんだ。ちゃんと情報は得てきている。優谷美和という女性だ」
そう言うと榎本は優谷から受け取った朗読と絵本のデータを宮下へ共有した。
「あ、ほんとですね。失礼しました」宮下がヘコヘコと笑って謝る。
「当たり前だ。それより、この妄想を優谷は大勢の子ども達とその親に向けて話していた。つまり感染を広げていた事になる」
宮下は驚愕した。大勢、しかも子ども達に向けて…思わず言葉を失う。
榎本は話を続けた。
「しかし、スキャナーが完成するまではどうにもできない。今の俺たちにできる事は、できるだけ多くの難民と接触しウイルス以外の原因がないかを探ることだ」
たしかにそうだ、まだウイルスだと確定したわけではない。それ以外の線も捜査し可能なら潰しておく必要がある。
「そうですね。今できることをやるしかないですよね」宮下は口を一文字に結んだ。
「お前も難民と接触したんじゃなかったか?」榎本が訊く。
「あ、はい。例の酒場に蒔倉ともう一人、藤本柊という難民を見つけました」
「そいつはいったいどんな奴だった」
「奴は蒔倉が初めて例のタグを使った記事のキッカケとなった人物でした。しかし、藤本は記事のキッカケとなったにすぎません。藤本が蒔倉へ移したわけではなく、あくまで元々感染していた蒔倉がその記事で例のタグをたまたま使用したようです。そして、その記事を見た藤本が感染した、というわけです」
「なるほど、つまり藤本は巻き込まれてしまったということか」
「はい、そういう事になります」
榎本は吸いかけの煙草を灰皿で潰した。
「優谷の方は感染元は不明だか、どうやら路地裏のモンスターが見えるらしい。そして、子ども達も口々に自分に見えるモンスターの名前を言っていた。そうなるとウイルスの線が濃厚だろう。そして、子どもも含め創作意欲の高い奴らは発症が早い可能性がある」
「なるほど…」
「蒔倉と藤本はどんな話をしてたんだ」榎本が訊く。
宮下はやや困ったように眉間に手をやり目を閉じた。
「んー、ナス型の方がモテるとか?」
「…いったい、なんの話しだ」榎本の眉間に皺が寄る。
「あー、そうそうナニの話って言ってましたよ。要は下ネタですね」と宮下はおどけた顔をした。
榎本も、またそっちの話かと言ったような表情を浮かべる。
「まぁ、なので詳しい報告はもういいですね。それより、今日の夜はどうしますか?路地裏へ行きますか?」宮下が訊いた。
「あぁ、そうだな。俺も一度酒場へ行ってみる」
「じゃあ、また10時解散にしますか?」
「いや、お前はもう帰っていい。たしか明日も出勤だっただろ。俺は明日休みだから、今日の夜は俺だけで行く。宮下は休んで明日にでも備えてろ」
「え、いいんですか」宮下が驚いたように榎本見つめる。
榎本は、あぁ、と言って煙草を取り出した。
「ありがとうございます。じゃあ、よろしくお願いします」
そう言うと宮下はお疲れ様でした、と本部を後にした。
榎本は煙草を片手に窓から街を見下ろした。一見普通の街並みと人通り、ここに思った以上に奴らが潜んでいるのか。榎本は再び煙草を吸い、ひと息吐き出すと、どこか遠くを一人茫然と眺めた。
次へ続く
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