熱処理とは何か ― 加熱と冷却で金属の性質を作り変える技術、その原理と注目企業6社
同じ鋼でできた一本の棒が、加熱と冷却の仕方ひとつで、ガラスのように硬く脆くもなれば、粘り強くしなやかにもなる。成分はまったく変えていないのに、です。この、金属を加熱して冷やすことで性質を作り変える技術を、熱処理と呼びます。
これまで本メディアでは、金属の表面に膜をまとわせる無電解ニッケルめっきを取り上げました。あれが「表面に着せる」技術だとすれば、熱処理は「金属そのものの中身を作り変える」技術です。部品の形は変えず、目に見える変化もほとんどないのに、硬さ・粘り強さ・耐摩耗性・疲労強度といった、部品の寿命と信頼性を左右する性質を決めてしまう。歯車が摩耗に耐えるのも、シャフトが折れずに踏ん張るのも、工具が刃こぼれしないのも、その裏にはほぼ例外なく熱処理があります。まさに、ものづくりの土台を支える「縁の下の力持ち」です。
なぜ今、この技術を知る価値があるのでしょうか。熱処理は、加工そのものよりも目立たず、外からは良し悪しが見えにくい工程です。しかし、軽量化や高強度化、長寿命化の要求が高まるほど、「同じ材料からどれだけ性能を引き出せるか」が効いてきます。その鍵を握るのが熱処理なのです。この記事では、なぜ加熱と冷却で金属が変わるのかという原理から始め、鋼の基本となる四つの処理、急冷で硬くなる仕組み、表面だけを硬くする発想、そして酸素を断ち圧力をかける特殊な熱処理までをていねいに解きほぐします。その上で、それぞれに際立った強みを持つ国内6社を紹介します。
1. 熱処理とは ― 加熱と冷却で金属を作り変える

熱処理とは、金属材料を加熱し、保持し、冷却するという温度の操作によって、その金属の組織を変え、目的に合った性質を引き出す処理のことです。削ったり曲げたりして形を変えるのではなく、形はそのままに「中身」を変えるのが特徴です。
では、なぜ加熱と冷却だけで金属の性質が変わるのでしょうか。その答えは、鉄という金属が持つ、ある不思議な性質にあります。鉄は、温度によって原子の並び方(結晶構造)そのものを変えるのです。常温の鉄は、原子が立方体の各頂点と中心に並んだ「体心立方格子」という構造をしています。この常温の鉄をフェライトと呼びます。ところが、およそ727℃を超えて加熱すると、鉄は原子が立方体の各頂点と各面の中心に並んだ「面心立方格子」という、より詰まった構造に変わります。これをオーステナイトと呼びます。
この構造の変化が、なぜ重要なのか。鍵は炭素です。鋼とは、鉄に炭素が混ざった合金ですが、常温のフェライト(体心立方)は炭素をほとんど溶かし込めないのに対し、高温のオーステナイト(面心立方)は炭素を大量に溶かし込めます。原子のすき間の大きさと形が違うためです。つまり、鋼を加熱してオーステナイトにすると、炭素がいったん鉄の中に均一に溶け込みます。問題は、ここからどう冷やすか。この冷やし方しだいで、炭素の振る舞いが変わり、まったく異なる組織と性質が生まれるのです。
同じ鋼でも、ゆっくり冷ませば軟らかく、急いで冷ませば硬くなる。この一見不思議な現象は、すべて「鉄が温度で構造を変え、それにともなって炭素の溶け込み方が変わる」という性質から説明できます。熱処理とは、この鉄と炭素の関係を巧みに操る技術だと言えます。次の章から、その操り方を具体的に見ていきましょう。
2. 鋼の4つの基本 ― 焼入れ・焼戻し・焼なまし・焼ならし

鋼の熱処理には、基本となる四つの処理があります。「焼」という字が並び、名前も似ているため混同されがちですが、目的も冷やし方も異なります。一つずつ整理しましょう。
焼入れは、鋼を硬くするための処理です。オーステナイトになる温度まで加熱したあと、水や油で一気に急冷します。これにより、後で詳しく述べる「マルテンサイト」という非常に硬い組織が生まれます。英語では Quenching(急冷)あるいは Hardening(硬化)と呼ばれます。刃物や摩耗する部品に欠かせない処理です。
ただし、焼入れしたままの鋼は、硬いかわりに脆く、衝撃を受けると割れやすいという弱点があります。そこで必ずセットで行われるのが焼戻しです。焼入れした鋼を、変態が起きない温度(およそ150〜650℃)で再び加熱し、冷やします。これにより硬さをいくらか譲るかわりに、粘り強さ(靭性)を取り戻し、内部のひずみを取り除きます。技術者が「焼入れ」と言うとき、多くはこの焼戻しまでを含んでいます。焼入れと比較的高温の焼戻しを組み合わせて、硬さと粘りのバランスを整えることを、とくに「調質」と呼びます。
残る二つは、冷やし方がよりおだやかな処理です。焼なまし(焼鈍)は、加熱したあと炉の中でゆっくりと冷やす処理で、鋼を軟らかくし、加工しやすくしたり、内部の応力を取り除いたり、組織を均一にしたりします。一方、焼ならし(焼準)は、加熱したあと大気中で自然に冷やす(空冷)処理で、鋼の組織を細かく均一に整え、いわば「標準状態」に戻します。
四つの違いは、煎じ詰めれば「どう冷やすか」に集約されます。急冷すれば焼入れ(硬い)、空冷すれば焼ならし(標準)、炉の中で徐冷すれば焼なまし(軟らかい)。そして焼戻しは、焼入れした鋼の性質を整える調整役です。同じ加熱をしても、冷却の速さを変えるだけで、これほど性質が変わる。ここに熱処理の奥深さがあります。
3. なぜ急冷で硬くなるのか ― マルテンサイトの正体

前章で、急冷すると鋼が硬くなると述べました。なぜ、ゆっくり冷やすと軟らかく、急いで冷やすと硬くなるのでしょうか。ここが熱処理のいちばんの"そうだったのか"ポイントです。
高温のオーステナイトには、炭素が均一に溶け込んでいます。これをゆっくり冷やすと、鉄が面心立方から体心立方へ戻っていく過程で、溶け込んでいた炭素はゆっくりと移動する時間が与えられます。炭素は鉄から吐き出され、鉄(フェライト)と、炭素と鉄の化合物(セメンタイト)とが層状に並んだ、おだやかで軟らかい組織になります。これが、徐冷したときに現れる組織です。
ところが、これを急冷すると、話がまったく変わります。鉄は面心立方から体心立方へ戻ろうとしますが、溶け込んでいた炭素が移動して出て行く時間がありません。炭素が逃げ出せないまま、鉄の結晶の中に無理やり閉じ込められてしまうのです。その結果、鉄の結晶格子は、炭素に押し広げられて正常な立方体になりきれず、縦に伸びた歪んだ形(体心正方格子)に変形します。この、炭素を過剰に抱え込んでひずんだ組織こそがマルテンサイトであり、鋼の組織の中で最も硬いものです。
なぜ硬いのか。金属が変形するのは、結晶の中を欠陥(転位)が動いていくためですが、マルテンサイトは格子が炭素で歪み、内部にひずみが満ちているため、この転位の動きが強く妨げられます。動けない結晶は変形できない。つまり硬い、というわけです。
この理屈から、重要な事実が導かれます。硬さの主役は炭素だということです。閉じ込めるべき炭素がたくさんあるほど硬くなり、炭素量がおよそ0.6%まではその傾向が続きます。逆に言えば、炭素をほとんど含まない鋼、たとえば一般的な構造用鋼のSS400などは、いくら加熱して急冷しても、閉じ込める炭素がないため硬くなりません。「鉄ならどれでも焼入れで硬くなる」わけではないのです。
そして、硬いマルテンサイトには宿命的な弱点があります。脆いことです。だからこそ前章で述べた焼戻しが必要になります。硬さと粘り強さは、基本的に背反する。この一方を立てれば他方が引っ込むという宿命と、どう折り合いをつけるか。熱処理の技術の多くは、この一点をめぐる工夫だと言っても過言ではありません。次章で見る表面硬化は、その背反を空間的に解決しようとする、見事な発想です。
4. 表面は硬く、芯は粘く ― 表面硬化という発想

部品に求められる性質を考えてみましょう。たとえば歯車は、歯の表面が相手とこすれ合うため、硬く摩耗に強くなければなりません。しかし同時に、回転の衝撃に耐えるには、内部は粘り強く、折れにくくある必要があります。ところが前章で見たとおり、硬さと粘りは背反します。部品全体を硬くすれば、摩耗には強くなっても脆く折れやすくなる。これでは困ります。
そこで生まれたのが、表面は硬く、内部(芯)は粘くという発想です。一つの部品の中で、表面と芯に異なる性質を持たせ、硬さと粘りを両立させる。これを実現するのが表面硬化熱処理です。代表的な三つの方法を見ていきましょう。
一つ目は浸炭です。これは、炭素の少ない鋼(肌焼鋼)を、炭素を含むガスなどの雰囲気の中でおよそ900〜940℃に加熱し、表面から炭素を染み込ませる方法です。表面だけが高炭素になったところで焼入れすると、炭素を多く含んだ表層は硬いマルテンサイトに、炭素の少ない芯は粘り強いマルテンサイトになります。前章で「炭素の少ない鋼は焼入れで硬くならない」と述べましたが、それを逆手にとり、硬くしたい表面にだけ後から炭素を与えるわけです。硬化層を比較的深く(0.1〜数mm)作れるのが特徴で、自動車の歯車などに広く使われています。
二つ目は窒化です。これは炭素ではなく窒素を表面から染み込ませ、窒素の化合物(窒化物)で硬化させる方法です。窒化の最大の特徴は、鋼が構造を変える変態点より低い、およそ500〜580℃という低温で処理する点にあります。変態を使わないので急冷の必要がなく、その結果、熱による変形(歪み)が極めて少ないのです。寸法精度が重要な部品や複雑な形状の部品に向き、処理後の追加工をほとんど必要としません。さらに、窒化層は高温にさらされても軟化しにくいという長所もあります。一方で、硬化層は浅く(0.01〜0.3mm程度)、処理に数時間から数十時間と長くかかります。ガスを使うガス窒化(硬く深い)、より短時間の軟窒化、放電を利用するプラズマ窒化(イオン窒化)など、複数の方式があります。
三つ目は高周波焼入れです。これは化学的に元素を入れるのではなく、物理的に表面だけを加熱する方法です。コイルに高周波の電流を流すと電磁誘導が起こり、コイルの近くに置いた金属の表面だけが、自身の発熱によって秒単位で一気に加熱されます。すかさず冷却すれば、表面だけが焼入れされて硬化します。コイルの形を工夫すれば、部品の必要な箇所だけを狙って硬くできるため、大きな部品の一部分だけを硬化させたい場合に向きます。数秒という短時間で処理でき、生産性が高いのも魅力です。
これら三つは、目的に応じて使い分けられます。硬化層を深くしたいなら浸炭、歪みを抑えたい・高温で使うなら窒化、大きな部品を部分的に硬くしたいなら高周波焼入れ、といった具合です。いずれも「表面と芯で性質を変える」という同じ思想のもとに、異なる手段で背反を乗り越えているのです。
5. 酸素を断つ、圧力をかける ― 真空熱処理とHIP


熱処理を高度化していくと、「どんな雰囲気で熱を加えるか」「熱だけでなく圧力も加えられないか」といった、より進んだ発想が出てきます。ここでは二つの特殊な熱処理を紹介します。
一つ目は真空熱処理です。鋼を大気中で加熱すると、表面が酸素と反応して酸化スケール(黒い酸化膜)ができたり、表面の炭素が抜けてしまう脱炭が起きたりします。これらは品質を損なう要因です。そこで、炉の中の空気を抜いて高真空にし、酸素のない状態で加熱するのが真空熱処理です。酸化も脱炭も起きないため、処理後の表面は光沢を保ち(光輝)、寸法変化も小さく、後加工の手間を減らせます。金型や工具鋼、ステンレス、チタンなどの処理に重宝され、焼入れ・焼戻しはもちろん、後述するろう付けや固溶化処理にも使われます。前章の浸炭も、真空中で行う真空浸炭にすれば、大気を使うガス浸炭で起こりがちな表面近くの酸化(粒界酸化)を避けられ、より高品位な仕上がりが得られます。
二つ目は、熱に圧力を組み合わせたHIP(熱間等方圧加圧)です。これは Hot Isostatic Pressing の頭文字をとった言葉で、数百〜2000℃という高温と、数十〜200メガパスカルという非常に高い圧力を、同時に加える処理です。圧力をかけるのに使うのはアルゴンなどのガスで、ガスは全方向から均等に押すため、被処理物はあらゆる方向から等しく圧縮されます(これが「等方圧」の意味です)。
このHIPが何をもたらすのか。最も象徴的なのが、金属内部の空隙をつぶすことです。鋳物の内部には、製造時にどうしても微細な空洞(巣)が残りがちで、これが強度低下の原因になります。HIPで高温・高圧をかけると、この内部の巣が押しつぶされて消え、金属が緻密になります。表面からは手の届かない、部品の内部の欠陥を消せる点が画期的です。このほか、金属の粉末を固めて緻密な部品にする(焼結)、異なる材料どうしを圧着して接合する、といった使い方もあります。航空機エンジンのタービンブレードのような、内部に欠陥があっては困る高信頼性部品に欠かせない技術です。なお、一方向からプレスするホットプレスとは異なり、全方向から均等に加圧できるのがHIPの強みです。
酸素を断つ、圧力をかける。熱処理は「加熱と冷却」という基本の枠を超えて、雰囲気や圧力まで操ることで、さらに高度な性質を引き出しているのです。
6. どこで効いているか ― 主な用途

ここまで見てきた熱処理は、私たちの身のまわりのあらゆる機械の信頼性を、見えないところで支えています。
最も大きな用途は自動車でしょう。エンジンやトランスミッションの歯車、シャフト、ベアリング(軸受)など、力がかかり摩耗する部品の多くに、浸炭や高周波焼入れ、窒化が施されています。これらがなければ、部品はたちまち摩耗し、あるいは折れてしまいます。
工具・金型も熱処理の独壇場です。切削工具やプレス金型は、硬さと耐摩耗性が命であり、焼入れ・焼戻しや窒化、真空熱処理によってその性能が引き出されます。航空宇宙分野では、エンジンのタービンブレードのような極限環境で使われる部品にHIPや真空熱処理が用いられ、内部欠陥のない高信頼性が確保されます。
このほか、建設機械や産業機械の高強度部品、ばねの調質、軸受の寸法安定化など、熱処理の出番は枚挙にいとまがありません。形あるものが力に耐え、長く使われる。その当たり前を、熱処理が静かに支えているのです。
7. 注目企業6社

ここからは、熱処理の世界で際立った強みを持つ国内企業を紹介します。表面硬化の三本柱である高周波焼入れ・浸炭・窒化のそれぞれを代表する企業に加え、熱処理炉そのものを生み出す企業、圧力まで操る特殊熱処理の企業、そしてグループの総合力で応える企業。6社が異なる持ち場でこの技術を支えているのが見えてきます。
高周波熱錬株式会社(東京) ― 高周波焼入れの草分け
高周波熱錬、通称ネツレンは、高周波焼入れの国内におけるパイオニアです。同社は1946年、日本で初めて誘導加熱(IH)技術の事業化に成功したとされ、玉川工場で高周波誘導加熱装置の製作と、各種機械部品の高周波表面焼入れの受託を始めました。前章で述べた、コイルに高周波電流を流して金属表面だけを瞬時に加熱する、あの技術を産業に根づかせた草分けです。
同社の強みは、高周波熱処理を軸に事業を多面的に展開している点にあります。機械部品の熱処理受託加工にとどまらず、誘導加熱装置そのものの設計・製造、さらにプレストレストコンクリート用の鋼棒(PC鋼棒)をはじめとする高強度鋼材の製造・販売まで手がけています。電磁誘導による加熱は、秒単位で必要な箇所だけを加熱できるため、エネルギー効率がよく二酸化炭素の排出も少ない点に注目し、環境性と経済性を兼ね備えた熱処理として打ち出しています。中空のステアリング部品や、部分的に高強度化した鋼材など、独自の製品開発にも積極的です。自動車から建設機械、工作機械、建築・土木まで、高周波の技術が支える裾野は広く、東証プライムに上場する熱処理の中核企業です。
パーカー熱処理工業株式会社(神奈川・川崎) ― 浸炭の受託大手と最先端の低圧浸炭
パーカー熱処理工業は、日本パーカライジングのグループに属する金属熱処理の総合企業で、とりわけ浸炭の受託加工で広く知られています。熱処理加工に加えて、熱処理に用いる薬品(浸炭剤や焼入れ油など)、熱処理設備、さらに摩擦摩耗の試験・分析機器までを手がけ、熱処理を多角的に支えています。
技術面で同社を象徴するのが、最先端の浸炭プロセスである低圧浸炭(ICBP)です。これは、まず部品を真空中で変態温度以上に加熱し、温度を均一にしたうえで、炭素を含むガスを低い圧力でパルス状に噴射する方式です。真空に近い環境で行うため、大気を使うガス浸炭で起こりがちな表面の酸化を避けられ、ばらつきのない高品位な浸炭が得られます。シミュレーションで制御することで、表面硬度や浸炭の深さを高い再現性で実現できると説明されています。また、航空宇宙分野で使われる非鉄系金属に対して2000℃級の高温で真空熱処理を行える炉も備えるなど、難度の高い領域にも対応しています。グループとしてはガス軟窒化やDLCコーティングなども展開し、表面の高機能化を幅広くカバーする一社です。
東海イオン株式会社(愛知・名古屋) ― 窒化処理の専門企業
東海イオンは、その名のとおりイオン窒化(プラズマ窒化)を含む窒化処理に特化した専門企業です。前章で述べた、低温で歪みを抑えながら表面を硬くする窒化を、さまざまな方式で使い分けられるのが強みです。窒素を含むガスで処理するガス窒化やガス軟窒化、放電を利用するプラズマ窒化、硫黄も加えるミック処理(特殊浸硫窒化)など、窒化の引き出しを幅広く備えています。
設備面では、有効領域がおよそ直径900mm×長さ6,000mmという、同社が日本最大級とするプラズマ窒化炉を保有し、細かな部品から大型部品まで対応できるとしています。さらに、独自技術の開発にも積極的です。たとえば「ウルトラプラズマ窒化」は、従来のプラズマ窒化が苦手としていた、細いパイプの内側や彫りの深い形状の谷間まで、均一に窒化できるよう改良したものと説明されています。窒化は熱変形が極めて少ないため、医療機器や精密部品など高い精度が求められる製品に向いており、自動車・金型・工作機械・産業機械と、活躍の場は多岐にわたります。窒化という一つの技術を深く掘り下げた、専門企業ならではの存在です。
オリエンタルエンヂニアリング株式会社(東京/埼玉) ― 炉をつくる側でもある浸炭・雰囲気熱処理の老舗
オリエンタルエンヂニアリングは、1952年(昭和27年)の創業以来、熱処理を手がけてきた老舗で、表面熱処理技術の総合メーカーを掲げています。同社が他社と一線を画すのは、熱処理の受託加工だけでなく、熱処理を行う炉そのものを設計・製造している点です。処理を請け負う側であると同時に、処理する装置をつくる側でもあるわけです。
同社の製品群を見ると、その守備範囲の広さがわかります。真空中で浸炭を行う真空浸炭炉「ネオバイア」、雰囲気を精密に制御する熱処理炉「スペリア」、炭素と窒素を同時に入れるガス浸炭窒化炉「ユニケース」、ガス軟窒化の「ユナイト」など、浸炭・窒化・雰囲気熱処理を幅広くカバーする炉を自社で開発しています。長年の雰囲気制御熱処理の経験を土台に、低炭素鋼や特殊鋼、チタン合金まで、素材に応じた最適な熱処理システムを提案できる技術力を持ちます。プラズマCVDによる金型の表面処理で型技術協会賞を受けるなど、独自技術の開発でも知られ、海外にも設備を展開しています。処理のノウハウと装置の設計を一体で蓄積してきた、技術の厚みが光る一社です。
金属技研株式会社(東京) ― 圧力まで操る特殊熱処理の雄
金属技研(MTC)は、1960年に理化学研究所の金属工学の研究グループが、その研究成果を実社会で生かそうと創業した企業です。研究所をルーツに持つだけあって、高度で特殊な熱処理を得意とします。なかでも看板技術が、前章で紹介したHIP(熱間等方圧加圧)です。
同社は1984年にHIP装置を初めて導入して以来、世界最大級の装置を含む20台以上を国内外に保有し、HIPで国内トップクラスのシェアを持つとしています。高温と等方的な圧力で、鋳物の内部に残る空隙(巣)を消したり、金属粉末を緻密に固めたり、異なる材料どうしを接合したりと、圧力を使ってこそ可能になる加工を担います。HIPだけでなく、真空熱処理や雰囲気熱処理、ろう付け・拡散接合・溶接といった接合技術、さらに金属の積層造形(金属3Dプリンティング)まで手がけ、これらを組み合わせたトータルなものづくりを受注生産で提供しています。航空宇宙や原子力、発電用タービン、医療といった、厳しい使用環境と高い信頼性が求められる分野を支える、特殊熱処理の雄です。
DOWAサーモテック株式会社(愛知・名古屋) ― 工業炉と受託をあわせ持つ総合力
DOWAサーモテックは、非鉄金属などを手がけるDOWAホールディングスの主要事業会社で、熱処理に関する「ワンストップソリューション」を掲げています。同社の特徴は、優れた工業炉を自ら開発・製造する一方で、自社でも数多くの表面処理プロセスを備え、受託加工まで一貫して提供できる点にあります。炉をつくり、その炉で処理も請け負う、総合力が持ち味です。
手がける処理は、真空熱処理から浸炭、窒化、各種焼鈍、固溶化・時効まで幅広く、鋼種や用途に応じて使い分けられます。なかには、低温(およそ190℃)で表面に硫化鉄の層をつくる硫化処理のように、変形を抑えながら自己潤滑性や耐焼付き性を与える、ユニークな表面改質も含まれます。自動車向けの品質規格や航空宇宙向けの品質規格の認証を取得し、全国に工場を展開して量産にも対応しています。グループの厚みと、炉づくりから受託加工までを通して持つ総合力で、ものづくりの現場を広く支える一社です。
まとめ ― 4つの変数で性質を設計する技術
熱処理は、金属の形を変えずに、その中身を作り変える技術です。鉄が温度によって結晶構造を変え、それにともなって炭素の溶け込み方が変わる。この性質を土台に、加熱の温度、保持の時間、冷却の速さ、そして雰囲気や圧力という変数を操ることで、同じ材料から硬さも粘りも自在に引き出せます。
急冷すると炭素が逃げ出せずに閉じ込められて硬くなる。だから炭素のない鉄は硬くならない。硬さと粘りは背反するから、焼戻しで折り合いをつけ、あるいは表面と芯で性質を変えて両立させる。窒化は変態を使わないから歪まない。真空にすれば酸化させず、圧力をかければ内部の空隙まで消せる。一つひとつの理屈を知ると、熱処理は「とりあえず硬くする工程」ではなく、金属の性能を緻密に設計する技術だと見えてきます。
軽量化と高強度化、長寿命化の要求が高まるほど、同じ材料からどれだけ性能を引き出せるかが問われます。その鍵を握る熱処理の重要性は、これからのものづくりでいよいよ増していくはずです。そして今回紹介した6社のように、高周波を究めた企業、浸炭の最先端を走る企業、窒化を深掘りした専門企業、炉そのものをつくる企業、圧力まで操る企業、グループの総合力で応える企業が、それぞれの持ち場でこの技術を前へ進めています。次に身のまわりの機械が、力に耐え、すり減らず、長く動き続けるのを目にしたとき、その金属の内部で起きた、目に見えない組織の変化に、少しだけ思いを巡らせていただければ幸いです。
みんなの技術広報では、紹介したい技術・企業を募集しています。自社の技術を取り上げてほしい方は、お声がけください。
